ハンコを捺すときは真っ直ぐではなくちょっと左に傾けて11時くらいの角度で、というのは金融機関一般に共通するマナーのようで、それがお辞儀しているように見えるから(右に傾くと、ふんぞり返って見える)というのは最近知ったが、ともかく、その道のプロは、預けたハンコを所定の場所にきれいに捺し、小さなティッシュできれいに拭いて戻してくれる。
認印拭かれて戻る春隣 小川軽舟
作者が銀行にお勤めであることを知っているからか、この句を、例えば銀行の窓口での出来事だと読んだが、いや待て、「認印」とある。認印は銀行印とは違うのか同じなのか、よくわからない。
認印をよく使うのは宅配便の受け取りのときとか? それだと認印を預けることはない。あるいはもっとほかの用件。いや、そうではなく掲句は、自分で拭いて戻したとも読める。
答えは出ないが、ハンコが使われること、そこにていねいな所作が加わること。季節は春隣というのだから、新しい生活にスタートを連想させる。すがすがしく心優しい句。
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掲句を収録する句集『呼鈴』には、作者の仕事場(銀行)につながる句もいくつか。
人死んで通帳の黴はたかるる 小川軽舟
扇風機目の前で札かぞへだす 同
金貸して給料もらふ暑さかな 同
地は霜に世は欲望にかがやける 同
仕事場も、作者の環境のひとつなのだから、自然。
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ところで、この前に出た第二句集『手帖』は私にとってマイ・フェイバリット。好きでたまらん句集というわけですが、この『呼鈴』はそこまでの愛し方ができないでいます。《死ぬときは箸置くやうに草の花》《原子炉の無明の時間雪が降る》といった、りっぱげにカッコ良さげな句が私自身の好みの外にあり、それらが、この句集の主調音の一部をかたちづくっているせいかもしれません。
集中、もっとも美しいと思った句。
夕刊を夕日に読める新樹かな 同
読み返せば、また別の句がこの場所にあがるのでしょう。
なお、集中《空気より夕日つめたき落花かな》は週刊俳句(2009年5月3日号)で触れさせていただいています。
≫http://weekly-haiku.blogspot.jp/2009/05/4_4375.html
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