この一句のほかに何句か紹介しておきます。
麻酔より覚めて見知らぬ汐干潟 柴田千晶(以下同)
四階に幽霊もゐる製本所
不思議な感覚。むりやり現実的な景に近づける読み方(病院の窓の外の干潟とか、倉庫に幽霊本とか)だとつまらなくなる(そんなふうに読む人がいないことを望む)。目覚めの瞬間として、製本所の四階というトポスとして、句の興趣が伝わる。
罵声怒号奇声も浴びし裸かな
3つの声が並列(同時)ではなく、《罵声怒号》と《奇声も》が微妙に重ならないところがおもしろい。
経緯が明示されていないぶん、俳句的・詩的(いわゆる説明文ではない)。この裸、追い詰められ、大袈裟にいえば迫害される《裸》のようだが、卑屈ではない。《全人類を罵倒し赤き毛皮行く 柴田千晶》と同系統の気位・意気のようなものを感じる。
仏壇に黄金の橋春の雪
は、スケールの変換があざやか。《春の雪》を切れたあとの取り合わせとだけ読むよりも、仏壇の中の橋に、現実の橋に、どちらにも降る雪と読んだ。
柴田千晶『魚女房鶴女房』2026年7月/金雀枝舎
