2008/09/05

チャンバラ・フィギュア

知人からもらったチャンバラのフィギュア(身長76mm)を部屋で撮影してみたら、なんだかえらくリアルな空気。
















写真は、人間が目で見るのとまったく違うものを映しだす。かんたんな話、例えば、人間の目には、この写真のように背景がボケて映らない。ちゃんと見えてしまう。

ところで、ピストルを持った浪人風のこの人、昔のチャンバラ劇に確かにいたような気がするが、まったく思い出せない。

2008/09/04

証明不可能

「振替口座」を作りに近くの郵便局へ。

この書店が開業したら、本を買ってもらった人から代金の払い込みを受ける。そのために必要な口座。「郵便払い込み」の手数料は、窓口120円、機械を使うと80円(3万円以上は330円・290円)。銀行振り込み手数料より安い。銀行はヘタすると420円と、凄まじい手数料。手数料が収益を支えているという、とんでもない事態。そんな手数料を銀行にくれてやることはないわけで、「郵便払い込み」は、こうした商売には必須。

ところが、窓口で聞いてみると、この口座開設が少々やっかい。本人名義なら、免許証など本人確認だけで済むようだが、今回は、名義を「七曜堂書店」にしたい。となると、私本人がその「七曜堂書店」なるものをたしかに運営している、その証明が必要なのだという。

それはそうだ。窓口にやってきたオッサンと、そいつが言うインターネット上の古書店は、ひょっとしたら何の関係もないかもしれない。

「近頃は、機械で簡単に払い込みができてしまいますから、審査が厳しくなっているんです。いや、あの、お客様が口座を悪用されるという意味ではなくて」

わかります。おっしゃっていること。

しかしながら、インターネット上のサイト(このブログ)が、「私」の手になるものであることを証明するのは、かなり難しい。どこにも証拠がない。例えばIPアドレスやらドメイン名から、「ほら、これは私のPCで私が契約した回線経由でつくったサイトです」などと説明する? 私のスキルではムリ。

考えてみれば、インターネット全般、あるサイト・ある書き込みと現実の人間の関係はあやふやなものだ。ここで言う「私」はたしかに私なんです、と証明することはできない。なんとなく、この人はあの人なんだ、と信じて、ネット上でやりとりしている。

さて、今回、郵便局株式会社の審査担当氏に向かって、どう説明するか……。この「七曜堂書店」のページ、そしてログイン画面をプリントアウト。それらを簡単に説明した書面をつくった。「でも、こんなもの、私以外でも、作ろうと思えば作れるよなあ」と思いながら。かつ、「偽造して、どんなトクがあるんだよ?」とも思いつつ。

2008/09/03

七曜…屋号の由来のようなこと

ウェブ上で古本屋を立ち上げるのにまず必要だったのは屋号。サイトを立ち上げるにもこれがなくては始まらない。

最初に頭に浮かんだのは「日曜堂」。プロとして古書店をやるわけではない。日曜大工みたいなものだから「日曜堂」。

地下鉄外苑前駅から北に少し歩いたところに「On Sundays」という舶来の文具やら絵葉書を扱う綺麗な店があった(*1)。店名から察するに、開店当初は日曜日だけ営業していたのではないかしらん、と思いつつ、若い頃、ときどき立ち寄った。あの「オン・サンデーズ」も頭のどこかに残っていたのかもしれない。なにしろとても居心地のいい店だったから。

さて、しかし、実際の店ならともかく、インターネット上には営業日も定休日もない。「日曜堂」の名はそぐわない。それではと「七曜堂」にした。

ここまで要した時間は数分間。これがいい名前かどうか、自分ではよくわからないが、いったん名称を迷い始めると、深みにはまることもしばしば。なかなか決まらなくて困り果てるいう事態も考えられたので、短時間で決まったのは「吉」ということだ。

  麓しき春の七曜またはじまる  山口誓子

七曜というふだんあまり使わないことばが、しっかりと自分の心の中に備わったのは、この俳句を読んでからだと思う。

今回の思いつきが晩夏というこの季節でなく春だったら、もっと嬉しかったが、それはまあいいとする。ともかく年中無休だから「七曜堂」ということです。はい。



(*1)「On Sundays」を検索してみると今でもありますね。http://www.watarium.co.jp/onsundays/about.html

2008/09/02

タイトルを聞けば察しがつく

おもしろいのか、おもしろくないのか、タイトルを聞けば、だいたいの察しがつく場合がある。

自分の部屋でくつろいでいたら、お向かいさん家の娘さんの友だちが遊びに来た。「ブログを始めたから見て」と言うので、どうせまた、テーマのない日記みたいなブログか(このブログだ!)、食べ物ブログか、とタカをくくって、「タイトルは?」と聞くと…

「密着ばあちゃん24時」

わっ!とびっくりして(そのタイトルなら期待大)、目の前のパソコンですぐさま検索。

http://ameblo.jp/opuutoosuu/

んんん。

おもしろい。

おばあちゃん、大活躍。

始まってからまだ20日。続けていけば、人気爆発しそう。

2008/09/01

太古の音楽

この数日、雷がすごい。窓を開けて、しばし見物。視界全部がフラッシュを浴びたように浮かび上がる。そのあと大音響。

ところで、むかし、電気的に加工された音楽(という言い方も奇妙ですね。つまりナマの楽器や声ではなく電子楽器やアンプ・スピーカーを使った音楽)は、保守的な音楽愛好家からは忌避された。ロックバンドもそうだし、ある種の現代音楽もそう。音楽の伝統からすれば、「現代風」にちゃらちゃらした音楽のように受け取られることが多かった。ビートルズの長髪が「不良」っぽいとされた時代のことで、今から思うと奇妙な風潮ですが、実際、そんな雰囲気はあったのです。

そうした忌避、「新しい音楽」への否定的な見解に、冨田勲という人が異論を唱えた。「なにを言っているのか。人類最初の音楽的快楽は、雷鳴だったにちがいないのだ。電気的な音楽は、新しくもないし現代的でもない。最古の音楽なのだ」

…と、これはむかし友人から聞いた話。冨田勲が実際そんな反論を披瀝したかどうか確認はしてない。その友人は、本で読んだのか、なにかを観たのか、それもわからない。ともかく、それを聞いた私(たしか高校生だった)は「なるほど」と深くうなずいたのでした。

そんなことを、雷の大音響を聞きながら思い出したわけです。はい。