2022/03/08

■旅 時実新子の一句

手の甲に浮く静脈のひとり旅  時実新子

生きていることと旅がイコール。「の」によって、静脈そのものが移動しているかのようなイメージが生まれているようです。

切実かつ清新な旅。

掲句は『Rereading 時実新子』vol.8/2022年2月(妹尾凛・八上桐子発行)より。



2022/03/06

■焼芋のトレンド

焼芋にはホクホクとネットリのふたつの大区分があって、私はどちらかというと前者が好きなのですが、近頃は圧倒的に後者が多い気がします。

JR国立駅近くの果実屋さん「フルーツ・ムラキ」の焼芋も後者。でも、とても美味しい。しかも安価。優良店ですね。

よく伸びて石焼いもの発条秤  守屋明俊

『閏』第7号(2022年2月)

2022/01/24

■もしなにかが身にしみたりしたら? 『舞』第111号の一句

身に入むやつてことあるんだか寝ぐせ  小川楓子

「身に入(し)む」という季語(三秋)。『日本大歳時記』山本健吉解説には、「平安朝なかば以後に和歌に愛用された言葉で、もともと染みるほど、あるいは濡れとおるほど、身に深く感じる意」とある。もともと秋限定ではなかった。そういえば、今の日常では「身にしみてわかった」など、季節と無関係に使われる。さらに解説には、「和歌で「哀れ」を主調としてこの語を用いたのに対して、俳諧ではもっと対象的、感覚的に感じとって、「冷気」を主にしていう」とある。

皮膚を突き抜けて身体に染みてくるような寒さというのは、わかるにはわかる。でも、それは、経験や実感というより、慣用句としての「身にしみる」が目で耳で繰り返された結果のような気がする。だから、「身に入むや」ってことが、、ほんとにあるんだかないんだか、わからない。実際のところ、寒さにせよ何かにせよ、身に滲みた経験も気持ちもない。

ところで、季語には、物事そのものではなく、先人の文彩(あや)や比喩によってすでに処理されたものが、「身に入む」のほかにも数多くある(すぐに思いつくところでは「色なき風」)。その手の季語には慎重なほうで、あまり使いたくない。使わない。まあ、それはそれとして、掲句。あるんだかないんだか、そんなことあるのねえ、と来て、最後、「寝ぐせ」。この展開・締めは、たいそう愉快。

他人の寝癖よりも自分ののほうがおもしろいので、鏡に、盛大な寝癖が映ったと解しておく。

ラヴ&ピース!

なお、歴史的仮名遣いにしても、この句では、ちっちゃい「っ」を使いたいところ。

掲句は『舞』第111号(2022年1月10日)より。

2022/01/20

■島田様 『トイ』第4号より

島田様たびたび泣きにやってくる  樋口由紀子

これは困ったことです。一度ならず「たびたび」だから、断れていない。あるいは、心優しく受け入れているのか。度量。

「様」がコクの源泉になっていて、つまり、関係がよくわからない。「さん」だと近所のおじさん/おばさんっぽい。「くん」だと年少の知人。島田くんは、ちょっとかわいい。「ちゃん」もおもしろいが、営業マン口調(営業の人って、知り合ったばかりの同僚や仕事仲間を「ちゃん」で呼ぶ。距離を一挙に詰めようという算段なのか)、句としては、ちょっと目立ちすぎ。

「様」。いいですね。

島田様の姿がぼんやり見えたとしても、いわゆる作中主体が杳として見えない。

んんん、誰なんだ? やってこられる人は。

お店なのかもしれない、詠んでいるのは。デパートや高級和菓子店にたびたび泣きにやってくる島田様。不思議な人だ。

ラヴ&ピース!

掲句は『トイ』第4号(2021年4月)より。

2022/01/18

■ライブ 中止のお知らせ

ここで以前に、128s(イチニッパーズ)ライブの告知をしたのですが、感染の蔓延で事態が急速に悪化。中止・順延となりました。