2018/02/15

■感覚器 『オルガン』第12号の宮﨑莉々香

受容体にちょっとした傷や軽い歪をくわえたような感触。語と語のずれ、と同時に、語の選択への腐心が見て取れる。

ぼんやりが耳あてを出て水たまり  宮﨑莉々香

泡が出てきさうな枝に見える風邪  同

兎小屋昼の手が切手をつかふ  同

大雑把に「身体感覚」という語が俳句の批評に用いられること、頻繁(自戒をこめて)。違う語や概念が要りそうな「表情」13句でした。

掲句は『オルガン』第12号(2018年2月3日)より。


■外階段:如月銀座

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外階段ラヴァーズと裏側ラヴァーズ双方の愛を受け止める一区画。


2018/02/14

【お知らせ】2月くにたち句会は谷保天満宮の梅を見に

まだ満開ではないと思いますが、毎年この時期に思い出すのが《咲くまでの梅を不思議な木と思ふ 正木浩一》。
●2018年2月25日(日)14:00 JR谷保駅(南武線)改札前集合

●句会場所:未定。●席題+吟行句

初参加の方は、メール(tenki.saibara@gmail.com)、電話etcでご一報いただけると幸いです。問い合わせ等も、このメールまで。

2018/02/13

■『川柳ねじまき#4』を読んだ

この雨は私に降った雨じゃない  米山明日歌

突き抜け感があります。

雨をネガティブに捉えると、雨という災禍は私じゃない他人に降ったものということになり、雨をポジティブに捉えると、この雨は、私への恩恵ではない。

雨さん「じゃあ、どうしろと?」

「私のためだけに降れよ、雨」てなことで、ものすごい要求というか命令というか。

雨をどう捉えようが、燦然と「私」が輝く。いい意味で尊大。その意味での「突き抜け感」。

この句、ほんと、好き。

掲句は『川柳ねじまき#4』(2018年1月15日)より。ほか、同人諸氏それぞれの20句より1句ずつ。

ここ押せばひかる東芝ひかる枇杷  なかはられいこ

承知しました地球と気球  二村典子

ペンギンが出てくる違う君じゃない  猫田千恵子

透けそうな林透けないバーコード  早川柚香

昔から浅丘ルリ子三つ上  丸山進

気遣いの境界線の液状化  三好光明

鳥が首かしげ鯨が裏返る  八上桐子

理科室の中にもあった赤鳥居  青砥和子

竹皮を付けたまんまの高笑い  安藤なみ

満月は薄荷の味と知る頁  魚澄秋来

サンクトペテルブルク的梅雨晴れ間  犬山高木

なめらかなうどんとそうではない月  妹尾凛

アルカリか酸性なのか河馬の舌  中川喜代子

水滴がふくらむ電話口の父  瀧村小奈生


こう並べていくと、分の好みや考え方がなんとなく見えてきます。叙情にせよ諧謔にせよ不思議にせよ、句のなかの「私」や事物がのびのびしている句が好き(川柳・俳句とも)。一方、理屈っぽい句はダメぽ(唐突に「ぽ」)。

楽しませていただきました。

ラヴ&ピース!


2018/02/11

■フォトジェニックな句集群

書影を撮る(日本語として正しい?)のは、もともと、「あったほうがいいだろう」という必要からくる撮影だったのが、最近は、好きになってきた。

山田露結『永遠集』は、小ささとそこからくる美しさが少しでも伝わるといいのですが。
≫http://weekly-haiku.blogspot.jp/2018/02/blog-post_81.html

八上桐子『hibi』のカバーは、句集史上最もシャワシャワしているが、それを写真で伝えるのは難しい(プロの技が要る)。

黄土眠兎『御意』のカバーは「金(きん)」が印象的なのですが、それは、この写真ではぜんぜん伝わらない。

やっぱり実際に手にとってほしいですよ。気になった句集は。


なお、撮るだけじゃなく、読んで、自分なりに語ったりもしています。