『MANO』第19号の樋口由紀子「おかしな物語」20句がおもしろかった。
一晩だけ預かっている大きな足 樋口由紀子
に始まり、
こんな事もできますという長い爪 同
で終わる身体部位の物語は、看板どおり、かなりおかしい。
単に「足」ではなく「大きな足」なのが、おかしい。長い爪が自己アピールしているというのもおかしい。
「おかしい」は「ストレンジ」であり「可笑しい」であり「可怪しい」。
もう一句だけ引いておきますね。
ばかばかしい展開になる大腿骨 同
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こうした20句は、読者(現代川柳に不案内な読者)にも親切です。なにしろ「おかしな」と銘打ってあるから、そこに入っていきやすい。身体部位の詠み込みという一貫性は、「読み」を気持ちよく牽引してくれます。
こうした一種の設えを、「親切すぎる、わかりやすすぎる」とする見方もあるかもしれません。しかしながら、「読み」の門戸を広めに開けてみるのも重要なことなんじゃないですかね。
例えば、読者がいない(少ない)と嘆く、そのそばから読者を拒絶するかのような韜晦や編集上の不親切、というパターンをよく見るような気がします。川柳にも、俳句にも。それはちょっと違うんじゃないかと。
読者に媚びるのではありません。媚びるとは(テクストが)読者に愛されようとする態度。そうではなく、(テクストが)読者を愛そうとする。そういうのが、私は好きだな。
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