2014/07/08

■マボロシの妹・カナシミの兄

なぜに、俳人と南こうせつは、妹といえば決まって「妹よ」なのか?

そう語ったのは歌人の佐藤りえさんでありました(≫こちらのツイート)。

そうですよねえ。

ただね、《妹よ淀は砂漠の水車・鈴木六林男》とか《(きれ)に包めば山脈となる妹よ・攝津幸彦》とか《いじめると陽炎になる妹よ・仁平勝》とか、おもしろい句もあるんですよ。

一方、妹という「虚構」は、もっと広い文脈。妹が虚構的に、独特の願望やリビドーで語られるのを頻繁に見聞きしたことがある気がすします。


で、ですが、妹についてこれ以上何か書きたいというのではなく、「兄」の話です。

金太郎飴をポキンと暗い兄  古谷恭一

『川柳木馬』第140号・第141号合併号(2014年6月)にこんな句を見つけ、兄ってなんだか悲しいな、と思ってしまったのです。

少し俳句から拾ってみると、《かげろうのどこを摑めば還る・成清正之》など、先立つ兄の膨大な句群のほか、


致死量の月光の蒼全裸  藤原月彦

これは超有名句ですね。あるいは、

鮎よりも冷たし兄のサキソフォン  渋川京子

とか、

憂鬱の長薯はわがなりき  四ツ谷龍

とか、

腰高の兄よ水母を海に飼い  池田澄子

とか、

雛段を担いではふり返る  柿本多映

とか、おもしろい句が多く、どれもそれぞれにカナシミをたたえているような気がします。

そんななか、

松虫や兄は潜水艦乗りだ  相原左義長

雪だるま兄は潜水艦だった  相原左義長

こんな突拍子もない2句も見つけた。

だいたいにして、潜水艦乗りなのか潜水艦そのものなのか。「どっちでもおんなじでしょ」というステキな答えを想定しつつ。

季語(松虫、雪だるま)も、ワケがわかりません。


相原左義長。

ちょっと読んでみないと、ですね。

0 件のコメント: