2026/01/14

■パフォーマンスの愉しみ

「つづく」としておきながら、ずいぶんと時間が経ってしまった。AI生成音楽の話。
作曲・編曲・演奏・歌唱という点では、人間がどうこうがんばる必要がないくらい(歌詞は若干余地がありそう)になってしまったAI音楽。商品/製品としての出来栄えを競っても意味がないところまで、大雑把にいえば、来ている。なっちゃった。

そこで、人が、人間が、何をやるかということですが、これはまだまだ広大に活躍・愉快の余地があって、それは、ひとつにはパフォーマンス、実演という部分。その意味で、例えば、以前に『週刊俳句』の「音楽千夜一夜」でとりあげた、これ。

水咲加奈「Come Together」

散歩のついでに音楽。俳人諸氏には「吟行」的音楽制作・音楽パフォーマンスと思えば合点が行くかもしれません。

あるいは、「ああ、デイヴィッド・バーンって、まだこんなにきちんとおもしろいことをやってるんだ!」と感心した演目。


バンドって、坐る(つまり動けない)メンバーなしでも演れるんだ! と、妙にしょうもない感動のしかたをしてしまいましたが、「楽隊」という歴史的脈絡は、かなり刺激的です。

まあ、音楽は、まだまだ愉しめます。

2026/01/02

■2026年にやりたいこと

格言「一年の計は元旦に」を無視して。

1 畑に植える夏野菜の種類を増やす(ナス数種類etc)

2 ライヴを3回以上やる(5月23日はいちおう既決)

3 タコの握り寿司を自宅でたくさん握る(長年の夢)

4 はがきハイクを2回以上出す

5 散歩・自転車の場所・パターンに新機軸を

6 ギターを調整に出す(すでにフレット目減り)

7 旅行に出かける(日帰りの遠出を含め)


頭をめぐらせたけど、あまり思いつかない。


2026/01/01

■元日

畑に行き(yuki氏と)、雑煮の大根を抜き(1本抜くはずが2本。ありゃりゃ)、花菜を摘む。

風呂。2日の朝に入る習わしだった気もするが、気にしない。気持ちがいい。

朝の雑煮。

散歩。谷保天満宮へ。参拝客のものすごい行列(例年どおり)を尻目に(お参りはいつでもできる)、境内へ。どんど焼きなのか焚き火なのか知らないが、火でからだがぬくもる。

裏へ抜け、えんえんと(といっても1時間くらい)散歩。

夕刻から夜にかけて、録画していた「72時間」年末特番を何本か観る。だいたいの人は心優しくて善良。なのに、世の中、どうしてこなっちゃうのか。善良や寛容から程遠い、しょうもない人たちの声が大きい、とうこともあるんだろう(ソーシャル・メディア)。権力欲にまみれた人がじっさいに権力を握っちゃうという、ある意味あたりまえの成り行きのせい、ということもあるのだろう。

日に日に世界は悪くなる♪ そんな世界で、どうやって愉快に過ごすか? まあ、なんとかなるだろう(植木等的に)



2025/12/20

■「風まみれ」15句ほか 『俳句四季』2024年12月号より

 



新作15句にくわえ「代表句」40句というご依頼。代表句と言われて困ってしまったので、ふと、思いついた。40句の連作にしよう。既発表句もとりまぜて、ゆるく「東京」という括りで40句をまとめた。

それにしても、「わがみちをゆく」というコーナーで依頼を受けたということは、メインストリームから大きく外れたとみなされたということで、なるほどと、いまさらながら。当然のこと、喜んでいるわけですが。