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2025/12/20

■「風まみれ」15句ほか 『俳句四季』2024年12月号より

 



新作15句にくわえ「代表句」40句というご依頼。代表句と言われて困ってしまったので、ふと、思いついた。40句の連作にしよう。既発表句もとりまぜて、ゆるく「東京」という括りで40句をまとめた。

それにしても、「わがみちをゆく」というコーナーで依頼を受けたということは、メインストリームから大きく外れたとみなされたということで、なるほどと、いまさらながら。当然のこと、喜んでいるわけですが。

2025/12/18

■「あのあたり」21句 『連衆』第81号(2018年9月)より転載

 


数年分の大掃除みたいに自作の掲載ページを備忘録代わりに。ひょっとしたら句集みたいなものをまとめるときに便利であろうとの企図。

2025/11/27

■『銃爪蜂蜜』と『惑星』

 『週刊俳句』に書きました。

音と意味 彌榮浩樹『銃爪蜂蜜 トリガー・ハニー』の一句

バケツと交番 森尾ようこ『惑星』の一句



2024/10/02

■句集について…

…書いたりしています。

ちょっと一服 田口武『煙草』を呑む
コーヒーにミルク 蜂谷一人『四神』の一句
土地との親和 佐藤文香『こゑは消えるのに』の一句

たっぷりとひとり 瀬戸正洋『似非老人と珈琲 薄志弱行』とゆるく付き合う・その1https://weekly-haiku.blogspot.com/2024/09/blog-post_229.html
事件性の有無 瀬戸正洋『似非老人と珈琲 薄志弱行』とゆるく付き合う・その2

以上は最近の週刊俳句。ウラハイにも代打でちょこっと。

白雲の落としてゆきし木槿かな  守屋明俊
台風の余韻の風の網戸かな  澤田和弥

2024/01/15

■ファンタスティックな作者像


これでもなかなか追いつかないのですが(どんどん句集が出ます)、もうちょっとがんばってみます。

ところで、南十二国さんの句集『日々未来』(2023年9月)の「序」で、「鷹」の主宰・小川軽舟さんが、十二国さんのことを、映画『パターソン』(ジム・ジャームッシュ監督)の主人公に重なって見える、と書いている。私は、この句集を読んでそんな感じはしなかったし、もうひとつぴんと来ないのだけれど、俳人って、句だけ読んで、かなりファンタスティックな作者像を思い描く、という経験はあって、たとえば、むかし、インターネット上で、端正な句をつぎつぎと繰り出す、伝統的な作風の人の、和服の着流しを想像してしまっていた。じっさいにお会いすると、そんなことはないのですが、「俳句の国」に住まう、まだ見ぬ俳人さんは、どのひとも、現実離れした容姿を想像させたものです。私がヘンなのかな?

寿司桶に降り込む雪の速さかな 太田うさぎ

こんな句を読んだら、粋な着物姿の作者を想像するしかないじゃないですか。もっとも、じっさいには、句を読むより先に、作者のうさぎさんにリアルにお会いしているから、ファンタスティックにはならなかったですけどね。

ラヴ&ピース!

2024/01/14

■ジョニ・ミッチェル

週刊俳句・第873号(2024年1月14日)の音楽千夜一夜は、ジョニ・ミッチェルで2番目に好きな曲。
Big Yellow Taxi

では、いちばん好きな曲は?と、これに答えたいのが人情。

All I Want をニック・デカロ(プロデューサーで有名な人)のカヴァー・ヴァージョンで。


オリジナルが聴きたい人は、All I Want Joni Joni Mitchell で動画検索してください。

2024/01/08

【句集をつくる】第29回 連作への作業:横浜

年明けは、恒例の「俳句相撲」。結社「街」主催のこのイベントに毎年、週刊俳句チームとして参加。この何が【句集をつくる】の一貫なのかというと、連作の「種」みたいなものを、そこから拾う、ということで、例えば、

秘境から来たと言ひはる毛皮商 10key(他同)

横浜に袖すれあひてフェイクファー

前者(毛皮商)は、いつかの俳句相撲で投句した句、後者(横浜に)は、今年、投句した句の挨拶句方向のヴァージョン(改稿)。

この2句を連作の1句目と10句目に据えて、あいだの8句を、過去作から掘り起こして嵌め込んだり、書き下ろしたり。それで、ある種の気分が醸成できれば、といったところ。

冬季・無季が並ぶことになる。東京でも近所でもなく。家の中ではもちろんない。でも、散歩でなくてもかまわない。過去から拾うといっても、なかなか都合よくは行かないだろうし、まあ、書き下ろすことになるんでしょうね。それはそれで愉しいかも。


ちなみに、今年の俳句相撲について書いておくと、100名近い参加で10チーム。盛況です。週刊俳句チームは、3チーム同点の優勝。いちおうめでたいですよね。

横浜駅近くは、夜になってたいへん混み合っておりました。このところ、コロナ禍の反動で、人がよく街に繰り出すように思います。感染がなくなったわけでも劇的に減ったわけでもないでしょうに。

ラヴ&ピース!(ひさしぶり)

2023/10/24

■広瀬ちえみさんの『What's』誌に出かけてるよ

川雑誌と銘打ってはいないものの、なにしろ川柳作家・広瀬ちえみさんが編集発行人、また会員諸氏もほとんど川柳の人と思しき『What's』第5号に、なぜか、ほんと、なぜなんだかわからないまま「招待」を賜り、10句を掲載していただいています。

川柳誌の中で浮かないのか? という心配・危惧は消せないので、どうせなら、とことん浮こう、ということで、俳句、それも希釈系・低血圧系の句に、ちょこっとだまくらかしの句を混ぜた10句にしました(川柳方向へと寄せることはしなかったという意味)。

それと、なんか記事を、というリクエストに答えて、『What's』前号の句のもろもろ、既存の俳句を並べた「二句陳列」という見開きの記事も載せてもらってます。これ、ほとんど句が並んでいるだけだから、面白いです。

以上、消息のようなものですが、2部、手元に余っています。ご興味の方は、tenki.saibara@gmail.com まで。



2022/11/20

■『川柳木馬』に寄稿

俳句関係の記事は、このブログにしても週刊俳句にしても取っ散らかして殴り書くようにしている。いつ頃からは忘れたし、なぜなのかはわからない(たんに気分?)。

紙媒体でも、きほんそれは変わらない。少し前に、『川柳木馬』という同人誌に、八上桐子さんの川柳について寄稿する機会を与えられ、書いたときも、取っ散らかろう、暴れよう、と意識はした。けれども、なかなかそうは行かず、何割かは意図どおりにしても、あとの何割かは、やっぱり「ちょっと正座なかんじ」になってしまった。

退屈なお行儀がちょっと残ってしまった理由のひとつは、苦労したこと、難渋したこと。苦しすぎて、乱暴に書くどころじゃなかった。依頼をお引き受けする時点で、苦しむことは見えていたとはいえ(好きな作家だから何か書きたいが、だからこそ何をどう書けばいのか、とても難しい)、締め切りまでずいぶんと日にちがあったにもかかわらず、締切の前日だかに、「遅れそうです」と泣きを入れた。最後は、自分へのニーズ、つまり川柳をやっているわけではない自分に、まっとうな作品論を期待するわけでもなかろうから、俳句と対照させながら、なんとか書いた。

(『川柳木馬』の当該号=第173号・174号は、八上桐子さんの60句、ならびに暮田真名さんの作家論を掲載。手元の残部はなくなったので、ご興味のある方は、木馬の連絡先 kaorimokuba0522@gmail.com までどうぞ)



2021/11/13

■このところ代打

…づいております。

月曜日の一句〔中村安伸〕西原天気

金曜日の川柳〔筒井祥文〕西原天気

金曜日の川柳〔兵頭全郎〕西原天気

2020/03/22

■週俳・第674号関連で

句集レビューを2本書いています。
http://weekly-haiku.blogspot.com/2020/03/6742020321.html

発行日から少し間があいても、書きたいときに書いていこうと思います。タイムリーもだいじだけど、ちょっと遅れ気味もいいでしょう。



大野泰雄さんに10句いただいています。
https://weekly-haiku.blogspot.com/2020/03/10_22.html

その大野さんが出展される「从展」が3月25日から上野で。


2020/03/09

■ロックンロール・ウィル・ネヴァー・ダイ

大好きな映画のクライマックスを取り上げました。

≫中嶋憲武✕西原天気の音楽千夜一夜 スクール・オブ・ロック「Rock Got No Reason」


出演者たちが10年後に同窓会をやっていて、こちらもなかなかいい雰囲気。

2020/02/06

■アンケートのこととか句集レビューのこととか 最近の週俳から

アンケートは集計後の分析が大事。そのことがよくわかるのが、この記事。

吉川わる《『俳句』アンケートに見る“自分”》
https://weekly-haiku.blogspot.com/2020/01/blog-post_26.html

回答群には「自分」だらけ。

「俳人がこんなにも“自分”というものを意識しているとは思っていなかった」と吉川(きっかわ)氏は結ぶ。そう、私も意外だった。自分への関心が比較的希薄な人が俳句というジャンルを選ぶのだと思っていたので。

「自分」という病は、ほんと、根深い。

ところで、週俳への転載は、先般1月、結社「街」のイベント「俳句相撲」で、吉川さんと初めてお会いでき、「都市」誌での氏の当該記事をとても面白く拝読したことをお伝えして、今回の転載がかなったもの。こういう僥倖もあるので、集まりには出かけたほうがいいんですけどね。


で、私自身なんですが、句集評を書きました。

穴と棒 大野泰雄『むつつり』を読む

俳句関係のことを書くときは、これまで以上に《こわれた》かんじに書こう、という目論見のようなものがありまして、できるかぎりミョウチキリンな記事をめざそうと思います。すっきりまとまった論考は、それが得意な人が書けばいいので。

ま、そんなことはともかく、好きな句集でしたよ、これ。

次の号にも句集レビューを書きたいと思っています。怠け心との戦いです、明日明後日は。

2020/01/05

■年が明けて:消息的なもの

毎年恒例の『週刊俳句』新年詠は不参加に終わりましたが(だって句ができなかったんだもん)、#令和版百人一首リレーというツイッター上のイベント(?)にお誘いいただき、一首あげましたですよ。

https://twitter.com/10_key/status/1213240829256425472

私が短歌を? 私でいいの? という部分はあるのですが、いやもう、おおいにあるのですが、せっかくの機会ですしね。

2019/09/27

■現代川柳はおもしろいのか?

「おもしろい」は広義で用いています。いつも広義で用います。(日本語、じゃまくせえ!)

さて。

樋口由紀子『めるくまーる』について書きました。

≫頻発するカタストロフ
https://weekly-haiku.blogspot.com/2019/09/blog-post_20.html

かなり思いきって書きました。それだけに心許ない。

記事は(つづくかもしれない)で終えたので、現在、続篇を構想中です。


ところで、必要があって週刊俳句のバックナンバーを漁っていたら、こんなもの(↓↓)が出てきた。

≫川柳大会の選句をしました
http://weekly-haiku.blogspot.com/2014/12/blog-post_38.html

600句近い応募川柳を読んで、70句余りを選句。自分が適任かどうかははなはだ疑問ですが、やりました。読んでみると、おもしろい句がたくさんある。自分で選んだ句、というのを差し引いても、おもしろい。

現代川柳は、やっぱりおもしろいのだ。そう信じることにします。

こう書くと、信じていないようだけど、ちがうよ。

ラヴ&ピース!


でね、上記とは無関係に、Lack of Afro はやっぱり最高だなあ、ということで。ジュリエット・アシュビーはゲスト・シンガー。Lack of Afro(Adam Gibbons)は歌わない模様。

2019/08/05

■レビューの日没



一句をとりあげることにそれほどの意義を感じていない点では私もそうだし、だいたいにして「鑑賞」という前時代的な態度が「批評」からはるか遠く後退した位置にあるものとも思うわけですが、それでも、一句について、書く。それは「紹介」ではあっても、「批評」ではない(繰り返し)。

水の被膜 辻内京子遠い眺め』の二句 ≫読む

三月のカブトガニ 加藤知子櫨の実の混沌より始む』の一句 ≫読む

意義の薄い雑文を、性懲りもなく、書き、週刊俳句に載せてもらっているのは、ひとつには、エネルギー的にも時間的にも能力的にも限界(かなりすぐに来る限界)があるということ。

その一方で、期待や望みはあって、それは、自分の雑文を読んだ人が、この句集を読んでみたいと思ってくれること。だから、引用句は最小限にしている。

そして、きほん、いいことしか書かない。ほら、批評じゃないよ、こんなの。

彼/彼女が、手にとる句集を、結果、気に入るか愛するかそれほどでもないか、そこまでは知らない・わからない。手にとるかどうかもわからないけれど、句集や句へとアクセスしようという気持ちが読者の中に1ミリでも生まれれば、私のレビューは成功といえる。

というわけで、来週号(8月11日号)にも、句集から一句をとりあげて書きます。

ラヴ&ピース!


2019/07/09

■プラネタリウムその他 小川軽舟『朝晩』

「週刊俳句」第637号に、

 ガスの火のあとさき
 小川軽舟句集『朝晩』の一句……西原天気 ≫読む

を書きました。

この句集、ほかにも好きな句があって、例えば、

プラネタリウム急に暮れたる弥生かな  小川軽舟

人工・虚構の日没なので「急」は当たり前なのだけれど、なんだかなまめかしい都市風景。「弥生」がいいのかもしれません。隣席同士が異性でも同性でも親子でも、いずれにしても艶がある。

あと、

汐干狩馬穴が汐に浮きはじむ  同

も大好きな句。満潮が訪れ、汐干狩が終わりに近づく。なつかしく明るく哀しい。


〔過去記事〕
職場という自然 小川軽舟第三句集『呼鈴』

2019/07/01

■そのツッコミじゃない 上田信治発通俗論議の傍流的話題

ウラハイに【俳誌拝読】『鷹』2019年7月号を書きました。
http://hw02.blogspot.com/2019/06/20197.html

この号の編集後記は、話題沸騰の上田信治「ふたたび通俗性について」(週刊俳句・第636号)で触れられています。
そういえば、小川は、出たばかりの「鷹」2019/7月号の編集後記で〈子にもらふならば芋煮てくるる嫁〉が「俳句」6月号で神野紗希の批判を受けたことについて、こう書いている。
作者としては、「今どきそんな娘いるわけないだろ」とツッコミを期待したユーモアのつもりだったので、「そうか、やっぱり芋煮てほしいのか」と真に受け取られると当惑する。しかし、政治家の失言の大半も受けを狙って社会的な配慮を忘れた結果ではなかったかと反省も頭をもたげる。社会的な配慮は文学の表現の首を絞めかねない。しかし、文学が人を傷つけることは本意ではない。境界線は時代とともに変わるのだろう。
じつに行き届いたコメントだけれど、やっぱり、ウケを狙っていたんだ、ということが感慨深い。
小川氏の〈注釈〉〈言い訳〉で私が興味深かったのは、《「今どきそんな娘いるわけないだろ」とツッコミを期待した》という部分。

世の中には、その期待どおり、そうツッコんでくれる人もいるだろうけれど、そうじゃなくって、「へえー、今どき息子の配偶者にそんなことを期待する父親がいるんだー」というツッコミも多いはず。これは《「そうか、やっぱり芋煮てほしいのか」と真に受け取》るのとはちょっと違う。「自分の嫁に煮てもらえ」「自分で煮れば?」という〈ツッコミ〉には近いかもしれない。

芋を煮る娘さん、芋をじょうずに煮る若い女性は、「今どき」もいる。たくさんいる。「いるわけない」はずがない。ツッコミどころは、そこじゃないだろう。

って、これ、上田記事のテーマ(ジェンダーと通俗、ジェンダーではなく通俗)とは無関係なようでいて、そうでもない気がしている。



さて、今回問題になってるジェンダーは社会的話題、通俗はより文学的な話題。きっと、後者のほうが手強い。上田信治はその手強いテーマにあえて切り込んでいるわけだけれど、どう手強いかというと、ジェンダー論がなんらかの合意(充分ではなくともなんらかの合意)や共通理解に達する可能性があるのに対して、通俗論は、おそらく話が通じないままに終わる。

通俗は誰もが内に抱えていて(それを表現する・表明するかどうかは別にして)、多くは無自覚である一方、他者の通俗には敏感だったりするので(逆だと平和なのにね)、お互いに会話が通じなかったりする

例えば、「今どきそんな娘いるわけないだろ」とツッコ〉む人と、「今どき息子の配偶者にそんなことを期待する父親がいるんだー!」とあきれる人とが、この話題について話し合うことは難しい。というか、お互い別々の婚姻観、男女観、社会観をもってるんだね、と、違いを確認するにとどまる。

だから、その人がどうなのか、は、さておくのがいい。作品(俳句)に限定したほうがいいですね、最低限。通俗が作品に染み渡っているかどうかを問題にする。

とはいえ、作者のキャラを前面に押し立てて書く人、演出的か素(す)かは別にして、句の一人称=作者という書き方・読み方をする人が多いだけに(ついでにいえば、上田信治さんは、このタイプなんだろうなあ、フェイク俳句うんぬんについての考え方を見るかぎりにおいては…。このくだり、気になる人はググってください)、人と句の峻別は困難を極める。



あとひとつ。上田記事の「野蛮」とか「蛮族」に、心情的に反応する人が多いかもしれないけれど(ある種の罵倒や軽蔑を読み取る反応のしかた)、ちょっと直截でナイーヴすぎると思いますよ。これは、まあ、バーバリアン・キャピタリズムみたいな用法を参考にしつつ、社会科学的に、価値ニュートラルに受け取るのがよいと思っています(信治さんの意図は知らないけどね。いや、もう、露骨に煽りたいのかもしれないけどね)。

ちなみに、「バーバリアン」の語源は、わからない異国語をしゃべる人ってことらしいので、ここでくだんの話題(会話が通じない)につながったりする。

ラヴ&ピース!


上田信治 時評のようなもの5 それは通俗性の問題ではないか?

2018/11/02

■消息とか石鹸とか

カッターナイフで石鹸を切る、ひたすら切る、というアカウントをフォローしたり。

https://twitter.com/cuttingvids

ウラハイに句集のことを書いてみたり。

http://hw02.blogspot.com/2018/10/why.html

まずまずすこやかに暮らしております。