2026/06/29

■2冊の本

ジョルジュ・シャルボニエ『レヴィ=ストロースとの対話』 (1970年/みすず書房)

マルグリット・ユルスナール『東方綺譚』1984年/白水社

前者は、人文科学、とりわけ文化/社会人類学の本を相当数読むようになったきっかけ。後者は、読んだとたん、そして今も、これからも、いっとう大好きな小説。

それぞれ自分にとって、とてもたいせつな本なのですが、分野のまったく違うこの2冊が、同じ人の翻訳であることを知ったのは、読んでからしばらく経ってからです。

タダ・チマコ。

わー! 多田智満子のおかげじゃないか、いろいろと! と、ひとり感動しました。

多田智満子の美しい文章、極上の訳文がなければ、自分の人生は、こうじゃなかったかもしれない、いや確実にちがってた(そのほうがよかったという可能性は、言いっこなし)。人生、何が、どうなってこうなるのかわかりません。


 星空を讀み解く術も知らずして老ゆか萬卷の書に圍まれて  多田智満子

 意味不明なれどたのしむさわさわと子音母音の波の高まり  同

  多田智満子『遊星の人』2005年/邑心文庫:高橋睦郎編集

2026/06/26

■川合大祐句に片っぽうをあてがう旅 『スローリバー』篇

川合大祐『スローリバー』2016年/あざみエージェント

            献句 ひかるなり川も柳もゆつくりと 10key


満月を開ければ 何もない廊下  川合大祐

満月の裏はくらやみ魂祭  三橋敏雄

廊下をさらに行けば、きっと裏。この廊下、「何もなさ」加減が尋常ではない。ちなみに、三橋敏雄は「府中くらやみ祭」を知っていたのだと思う。季語「魂祭」はそこが誘引。


図書館が燃え崩れゆく『失われ  川合大祐

ビル、がく、ずれて、ゆくな、ん、てきれ、いき、れ  なかはられいこ

『失われた時を求めて』が消失の途中。字が意味を離れてブツ化していながら、「失」という表意文字は最後まで残る。後者は、2001年アメリカ同時多発テロ(9.11)の3か月後に発行の『WE ARE!』第3号所収、という意味でも21世紀を代表する句に。ともに、カンバスにブツとしての文字を、あるいは宙空にオブジェとしての文字を配したような句。


我思う「これは川柳ではない」と  川合大祐

我思ふ故に猫あり春の小火  攝津幸彦

前者、デカルト+マグリット。後者、恋猫を連想させる(ぶん、飛距離はそこそこ?)。上五が同じなだけで、句の方向が違う。けど、これはこれで、並べて眺めていると、気分がふわっとしてくる。


ウルトラの制限時間超えて滝  川合大祐

ウルトラマンを脱ぎ捨てて俺栗の花  佐山哲郎 『じたん』2001年

ふたつ並べると、滝と汗がつながって、これは、並べたらあかん組み合わせかも。


潰すまえ仮に水母と言っておく  川合大祐

渾沌をかりに名づけて海鼠かな  正岡子規

「仮」つながりで選んだが、なんだか「存在のありよう」みたいなところでつながる感。


年を以て巨人としたり歩み去る  高浜虚子

巨人立つその後の便座もてあます  川合大祐

ここだけ句の順を換えた。一年が終わったあとの世界には、便座が似合うので。

(つづくかもしれない)





2026/06/25

■2026年プラン・中間チェック 野菜はOK

今年のはじめに立てたプラン(願望)。

その中間チェックです。


白茄子も成った。茄子は6本植えて、ぜんぶ違う品種。ミニトマトは例年のアイコと、今年はオレンジがかったやつ(これは甘い・うまい)。ここに見えているのはピーマンだけだが、そのほかシシトウ、トウガラシ。

〔1 畑に植える夏野菜の種類を増やす〕は実現したと言っていい。もしも、台風で全滅(はしないけど)しても。

梅雨が明けたら、蛸の握りだな。

2026/06/22

■4音代入のための上野葉月的構造の試み

試みとか書いとけば何やってもいいわけじゃないんですけどね。




みたらし 10句

 ※まごのて、かさぶた、他、代用可

噴水の私立みたらし女学院  原句ママ

みたらしであれば常に西日である

妹はみたらし愛のあるごとし

みたらしは受話器のやうに置かれをり

みたらしに少し似てゐる軽水炉

紅葉かつ散るみたらしの純潔種

みたらしの解釈がコペンハーゲン

みたらしな植物学者ド・フリース

みたらし呼吸に定評ある阪西

みたらし忌をとこの乳首ゆるされて

─────────────────────

原句:上野葉月『enjoy』(2025)より

噴水の私立みたらし女学院

踏切であれば常に西日である

妹は滝壺愛のあるごとし

月影は受話器のやうに置かれをり

秋茄子に少し似てゐる軽水炉

紅葉かつ散る柴犬の純潔種

霜月の解釈がコペンハーゲン

有名な植物学者ド・フリース

腹式呼吸に定評ある阪西

2026/06/19

■榊陽子的わかめ構造主義

榊陽子 ふるえるわかめ 10句
週刊俳句・第442号・2015年10月11日

10年以上前の作品をきょう取り上げるのは、週刊俳句がもうすぐ第1000号を迎えることと関連しないこともない。10年のあいだ、わかめはふるえながらふえつづけた。かどうかはわからないが、ともかく、この10句。

作品タイトルの直後にある、

(なな子、社長ほか代用可)

が決定的に重要。

つまり、「わかめ」でなくても、いっこうにかまわないと宣言している。これはたいへんなことですよ(©岡田彰布)」。
「代用可」ってことは、この川柳連作はふえて/ふるえているのは「わかめ」だけでなくて、〈川柳〉もふえているということになります。
柳本々々が当時指摘するように、ふえるのはわかめだけではない〔*〕。わかめどころではない。10句単位で、たちまちにして、川柳が、句が無限に殖えてゆく。ふるえるなな子10句、ふるえる社長10句……。

読者は、読者からとつぜん多作の作者に姿を変え、別の3音を探す旅に出る。


「わかめ」に意味はない。どんな3音でもいいのだから。

天才か。

どんな3音でもいいけれど、この無限川柳製作機械のプロトタイプとして「わかめ」を選んだのは最適に近い。レディメイド的に、安っぽく、俗っぽく「ふえる」もののとして「わかめ」を選んだ目の確かさ。

天才か。


句がどのような部品で出来上がっているかは、たいていの場合の重要です。でも、そんなものはなんだっていい。3音でありさえすれば。

(もちろん、どの3音かで、10句全体のおもむきは大きく異なる。なにを選ぶかで、(とつぜんバカみたいな言い方をするが)「センス」の如何を問われることになる。だが、そんなことは枝葉末節)

要素(語)が無限に可変なら、意味(文節)もまったくもって定着しない。

ここには「わかめ」がひつこく示されているようでいて、じつはそうではなく〈構造〉が展示されているわけです。
(…)わたしたちはふだん川柳に対して「気楽」に意味を待っています。できあがった川柳からわたしたちの意味の冒険は始まっています。ところが榊さんの川柳では、まだ靴の準備さえできていない。なにしろ、不確定なわかめですし、ふるえるわかめですから、わかめ以外の可能性もありうる。だとしたら、まだ意味の組立はできないのです。
(略)
(…)わたしたちは、率先して、わかめの森をかきわけ・かけぬけて、代入しなければならない。これは、行為です。行為が、問題になっているのです。意味は、その《あと》です。意味は、あとからやってくる。あなたを、待っている。
意味を待つをやめよ、と、榊陽子は、柳本々々はゆっている。

2015年当時、私たちはかくもエクセレントな10句と、かくも豊かなレビューに出会えたわけです。


〔*〕ただし、柳本々々氏は、代入の例示に4音の「もともと」を使用。惜しい。「意味を待っている」読者という、この論考の後半にある示唆に富む切り口がいくぶん揺らいでしまった(それはわかめだから、というオチなのだろうか)。「ふるえるわかめ」の構造にとって音数は断固として動かせない。動かない。

2026/06/12

■梅は実に、実はジャムに

玄関脇の梅、花弁が薄緑がかった梅。毎年香りはいいんだけど、実はつけなかった。それがここのところ、ぼちぼち結実するようになり、道路や生け垣に実を落とす。「落ち梅」はジャムにすると美味しいとの情報をご近所さんからいただき、それではと。

傷んでいるところを切り取って、皮ごと種からはずす。これがわりあいに手間(なので私が担当)。捌いているあいだ、よく熟れているせいだろう、枇杷の実みたいな香りがする。ような気がする。が、嗅覚に自信はない。どの覚にも自信はない。

鍋から先はyuki氏が担当。無事出来上がりの瓶3個ぶん。味見すると、酸っぱい!

おすそわけの先も決まった。ジャムとして食するのは危険なので、私は要注意。肉を炒めるときとか、この梅ジャム、いいんだそう。はい。合いそう。おいしそう。







2026/06/02

■車谷長吉と播磨弁

散歩か何か、ぶらぶら歩いていて、ふと古本屋さんの百均棚を物色。気になっていたのに読んだことのなかった車谷長吉の文庫本を見つけ、購入。『鹽壺の匙』を読んでいると、何十年ものあいだ自分の中から消え去っていた/忘れていた播磨弁の数々が目に飛び込んできた。よく知っている地名もそうだけど、自分の土俗に直接訴えかけてくる。

読み終えて、武蔵丸その他の短編の入った文庫本を購入。

で、以上のような個人的体験とは別に、とてもおもしろく、読んでいる。これから、もう何冊か、読むだろう、読むはず。

いたるところがぎしぎし軋む私小説。



2026/05/28

■2026年プラン・中間チェック 健やかに、愉快に、暮らせてるんだろうか、自分は

今年のはじめに立てたプラン(願望)。


その中間チェックです。

1 畑に植える夏野菜の種類を増やす(ナス数種類etc)

まあまあ実現。白茄子、丸茄子を植えた(育つかどうかはこれから見守る)

ちなみに、赤玉葱の収穫。



これは毎年の恒例作物。収穫後はこの場所で畝を立てて、半面にトウモロコシ。トウモロコシは初めてだと思う。

2 ライヴを3回以上やる(5月23日はいちおう既決)

5/23は無事終了(1曲目の模様はこちら)。

でね、12/20(日)、なんと、名古屋(!)で小さなユニットでの開催が決定済み/予定済み。コーディネートしてくだすった方に感謝感謝。日程が近づいたら、きちんと告知します。名古屋のみなさんは、もちろん、いろいろなとこからたくさんお越しいただきたい所存。

3 タコの握り寿司を自宅でたくさん握る(長年の夢)

まだ実現できていない。

4 はがきハイクを2回以上出す

実現できないことが、すでに確定。さようなら、みなさん!

5 散歩・自転車の場所・パターンに新機軸を

これはどうなんだろう? 新機軸って言っても難しいですよね。これまでよりも少し頻度を上げて、行ったことのない場所を見つけて、走る/歩く、というくらいで、満足すべきかもです。

6 ギターを調整に出す(すでにフレット目減り)

した。池袋まで行ったよ。フレットの新調じゃなくて、業界で言うところの「擦り合わせ」だったので、存外お安く済みました。

7 旅行に出かける(日帰りの遠出を含め)

できてない。できそうにない。結局、「旅行!」というじゃなくて、なにかの用事をからめるほうが現実味がありそうです。



2026/04/21

■ライヴ(5月23日 sat)のお知らせ

2026年5月23日(土)、HAZAKOというバンドでライヴに出ます。

場所は江古田駅前のBuddy。

8バンドが出演するライブの最初、14時からです。

お問い合わせは tenki.saibara@gmail.com まで。



2026/03/23

■『はがきハイク』第27号

業界最小最軽量の俳誌、『はがきハイク』が、もうすぐお手元に届きます。

今回、自分の部分で、誤植が残ってしまい、それをどうするかを、まだ悩んでいる。赤インクで訂正を入れるとか、放置するとか。


The Marvelettes - Please Mr. Postman (1961)

2026/03/09

■とりあえず Let's Get It On 祭り

まずは本家・マーヴィンゲイ。どうせならライヴ。


後半、観客とのやりとりも交えて、ゆったりゆっくり。暑いから、と言って脱ぎ出した。動画は終わっちゃうけど、このあとが気になる。

次はアルトサックスのMaceo Parker(メイシオ・パーカー)のバンドによるインスト・ヴァージョン。


時期は不明ですが、Maceo ParkerもギターのBruno Speightも若いので、あんまり最近ではない。それにしても、イントロのギターからすでにハイライト。全体として「極上」としか言えない演奏。

次は、アンディ・アロのアコースティックなライヴ。

Andy Allo - Let's Get It On - Live in San Jose

カメルーン出身で米国で活動するシンガー・ソングライターだそうです。唄がとてもいいです。

最後は、マーヴィン・ゲイのスタジオ録音で締めておきます。

Marvin Gaye - Let's Get It On (Official Music Video)

ちょっと元気が出た。

でも、やっぱり、パソコンのスピーカーじゃなく、もうちょっとマシな再生機で鳴らしたい。

2026/02/11

【句集をつくる】第30回 モチベーション

前回からずいぶんと時間があいた。句集つくる気なんてないんじゃないの? が順当な反応(私も、どなたかも)。

タグ:句集をつくる

1 紙のは要らないのでは? PDFをメールで送って、句集リリースということでいいし。

2 編むのは愉しい(はず)。

3 愉しいと言いながら、編む作業をなかなか始めない。怠惰。

4 「句集つくる気なんてないんじゃないの?」=冒頭

この4つがループして、何年も過ぎていった。

まあ、そんな感じ。

ところで、最近、残部がほんと僅かだった『けむり』(2011年)が立て続けに2部、わが家から出ていった。ご所望に応えたかたち。以前なら「もうわずかなので」とお断りしたかもしれないのですが、今回は、自分の中で、「1冊あれば充分では?」「あげれば?」という声がした。その「内なる声」を聞いて、ああ、自分の『けむり』への愛着は薄れてしまったんだなあ、と。

もう15年も経ってるし、それに、だいたいにして、句集として世に出た瞬間から自分から離れていくのものなんですが、その「離れ具合」の甚だしさにあらためて気づいた次第。

で、こうなると、『けむり』じゃないものを、つくらんとな。2011年以前じゃなくて、それ以降の自分の俳句を、なんらかにまとめんとな。みたいな気がしだす。そういう気分が急に芽生えてきた。なんだか奇妙な箇所から、モチベーションが到来したということで。

でも、怠惰から、どう脱却するか。そこがいちばんの問題。

それでは、また。あなたとお会いしましょう。世の中、とっくに終わっている。その片隅で。

2026/02/10

■冒頭集:家畜

海で溺れる家畜の絵にしよう、と言い出したのは花蓮(かれん)だった。
村田沙耶香「変半身(かわりみ)」:『変半身』2019年

冒頭の1行で、この話、きっとおもろしい。実際、期待を裏切らなかった。

2026/01/14

■パフォーマンスの愉しみ

「つづく」としておきながら、ずいぶんと時間が経ってしまった。AI生成音楽の話。
作曲・編曲・演奏・歌唱という点では、人間がどうこうがんばる必要がないくらい(歌詞は若干余地がありそう)になってしまったAI音楽。商品/製品としての出来栄えを競っても意味がないところまで、大雑把にいえば、来ている。なっちゃった。

そこで、人が、人間が、何をやるかということですが、これはまだまだ広大に活躍・愉快の余地があって、それは、ひとつにはパフォーマンス、実演という部分。その意味で、例えば、以前に『週刊俳句』の「音楽千夜一夜」でとりあげた、これ。

水咲加奈「Come Together」

散歩のついでに音楽。俳人諸氏には「吟行」的音楽制作・音楽パフォーマンスと思えば合点が行くかもしれません。

あるいは、「ああ、デイヴィッド・バーンって、まだこんなにきちんとおもしろいことをやってるんだ!」と感心した演目。


バンドって、坐る(つまり動けない)メンバーなしでも演れるんだ! と、妙にしょうもない感動のしかたをしてしまいましたが、「楽隊」という歴史的脈絡は、かなり刺激的です。

まあ、音楽は、まだまだ愉しめます。

2026/01/02

■2026年にやりたいこと

格言「一年の計は元旦に」を無視して。

1 畑に植える夏野菜の種類を増やす(ナス数種類etc)

2 ライヴを3回以上やる(5月23日はいちおう既決)

3 タコの握り寿司を自宅でたくさん握る(長年の夢)

4 はがきハイクを2回以上出す

5 散歩・自転車の場所・パターンに新機軸を

6 ギターを調整に出す(すでにフレット目減り)

7 旅行に出かける(日帰りの遠出を含め)


頭をめぐらせたけど、あまり思いつかない。


2026/01/01

■元日

畑に行き(yuki氏と)、雑煮の大根を抜き(1本抜くはずが2本。ありゃりゃ)、花菜を摘む。

風呂。2日の朝に入る習わしだった気もするが、気にしない。気持ちがいい。

朝の雑煮。

散歩。谷保天満宮へ。参拝客のものすごい行列(例年どおり)を尻目に(お参りはいつでもできる)、境内へ。どんど焼きなのか焚き火なのか知らないが、火でからだがぬくもる。

裏へ抜け、えんえんと(といっても1時間くらい)散歩。

夕刻から夜にかけて、録画していた「72時間」年末特番を何本か観る。だいたいの人は心優しくて善良。なのに、世の中、どうしてこなっちゃうのか。善良や寛容から程遠い、しょうもない人たちの声が大きい、とうこともあるんだろう(ソーシャル・メディア)。権力欲にまみれた人がじっさいに権力を握っちゃうという、ある意味あたりまえの成り行きのせい、ということもあるのだろう。

日に日に世界は悪くなる♪ そんな世界で、どうやって愉快に過ごすか? まあ、なんとかなるだろう(植木等的に)