2017/04/20

【お知らせ】4月のくにたち句会

2017年4月30日(日)14:00 JR国立駅改札付近集合

句会場所:ロージナ茶房(予定)。

席題10題程度

初参加の方は、メールtenki.saibara@gmail.com)、電話etcでご一報いただけると幸いです。

問い合わせ等も、上記メールまで。

2017/04/17

■とある四月の日曜日、暑いくらいの陽気のなか、週俳10周年記念オフ会に


足元にこだわりました。誰も見ていないところなので、そこに。

いつおろそうか考えていたグレーの靴。スエードだけど冬の感じじゃない。で、この日に。



承前

昼間の歌仙のお手伝い。誰が集まるのか把握していなかったのですが、若手の精鋭たちとオトナひとり(りえさん)を連衆に得ました。哲郎さん(なむさん)の捌きは、若い連衆の迸る才気を懐深く受け止め、なんということでしょう、終了の17時まで時間を少し残して、巻き終えました。

「挙句まで行きたいが、きっとムリだろう」と考えていたのですが、その予想・願望を成果が上回った。

この歌仙の模様は、週俳の来週号で。



懇親会ではいろいろな人にお会いできましたが、ご挨拶しそびれることも多く、そのだんの失礼はご海容いただきたく。


2017/04/15

■明日16日は『週刊俳句』創刊10周年記念オフ会

お知らせはこちら↓
http://hw02.blogspot.jp/2017/03/10416.html

参加表明なしで、ふらっと寄っていただいてかまいません。



昼間の連句(歌仙)は、佐山哲郎さん(烏鷺坊さん)を捌きにお迎えして、私は補佐します。別室で同時開催のいろんな句会も覗かせてもらおうと思っております。

あとね、句集とか置いています(販売なわけです)。

各著者からウチに送ってもらった句集たち。箱詰め途中↓

現代俳句協会が4月22日(土)にやる勉強会で取り上げる句集(『ただならぬぽ』『虎の夜食』『然るべく』『フラワーズ・カンフー』)。フラカンはサイン入り。

関悦史さんの最新刊2点、『花咲く機械状独身者たちの活造り』『俳句という他界』。

金原まさ子さんの『カルナヴァル』は、信治さんと私が編集した関係で置かせていただきます。

連句でお世話になる佐山哲郎さんの『娑婆娑婆』。

週俳が作った本3点、『俳コレ』『子規に学ぶ俳句365日』『虚子に学ぶ俳句365日』。それと、拙句集『けむり』(手元の残部僅少)も。

(上田信治さんの句集が間に合わなったのが、個人的にひじょうに残念)



あとは夜の懇親会に持ち込むワインなどを買えば、準備完了。

2017/04/13

■土手の桜


多摩川土手。福生付近。

2017/04/11

■コシノビルから孔雀へ 歌仙「自転車」解題〔3〕

七吟歌仙:自転車の巻

承前

私たちは産業革命以降の世界に生きているわけです。これは、じつに、もう、ほんとに。

  鉄球にびくともしないコシノビル  え

前句の羊から、「囲い込み」、さらに鉄へ。歌仙「自転車」は、名残表に突入。

コシノビルはデザイナー姉妹の自社ビルにも思えるし、地方の小ぶりなテナントビルにも思える。腰が強いという連想はさておくとして、鉄球でのビル解体、まだ実際に目にしたことはないのですが、壮観だろうなあ。



  重力の罪深き木星  之

鉄球から重力へ。鉄球も木星も球体だから、ここはツキスギだったかも。

さて、木星は「柄」的にかなり好きな星。重力についてもちょっと調べてみましたが、いろいろありました(よくわかっていないときの常套句「いろいろ」)。「罪深き」という語の古色蒼然ぶりがオツ。

  たはむれのはじめにめくるカレンダー  乙

木星からカレンダーへ、すっきりとみごとな付け方。シンプル(付け筋が明白)でいて、場面展開に軽い意表。

付け方はいろいろあるのですが、個人的には、ひとりの頭の中の連想を複数重ねるような、伝言ゲームで数人を経るような、ややこしい付け方は好みません。外部にあきらかなゲーム進行が好みです。

なお、「たはむれ」の部分は、具体的に何のはじめかを示す手もあったと思います。

さて、そこから突然、

  褌みせてくれるんでせう  オ

恋の座、それもBLの座。予定外でしたが、捌きとしては予定外は大歓迎。流れのままだと、歌仙ってつまらなくて、事件・事故があったほうがいい。

  汝が胸に吾が息 とほく泳ぎきて  気

ちょうど私の番だったので、思いきり愛し合ってみました。

  涼気を運ぶ短波放送  鯨

「遠」あるいは海から放送(英語 broadcasting が含む broad の部分が好きで、放送の翻訳語はここが欠けてるよなあと、いつも思います)。

恋の座のあとは、恋の気分を引きずらず、別の空気を持ってくるのがいいのですが、「涼気」はそれにかなっているような、別のほうがもっと離れるような。このへんのあんばいはむずかしい。また、個人の判断。

  恋文にじらさないでとだけ書いて  景

で、またすぐに恋、こんどはヘテロで、という捌きからの要望に、いっけん慎ましい。でも、これ、恋文という仕掛けがそう見せるだけで、内容は、ぜんぜん腰が引けていない。

  ふたりで金の孔雀を飼はう  え

恋の返しとして、ちょっと身をかわして、それでも前向き。この恋は結婚まで行きそうです。「金の孔雀を飼う」はどこかの国・どこかの文化のイディオムみたいな趣き。良い意味で虚構的な味付けがふんだんに施されました。

(つづく)

2017/04/10

■はがきハイク・その後

もともっちゃん、ありがとう!

https://twitter.com/anata_omaeda/status/847750751866597379

皆さんから、たくさんのお便りが。


はがきが届くと、はがきを書きたくなる、というのは、やはりあるみたいです。スネイル・メールもまた愉しき哉、であります。

余談。タイトルの「ねむれ巴芹」は、4句目から取ったものとお考えの方が多いようですが、逆で、タイトルを決めて、それから、それ含みのこの句をつくりました。「はがきハイク」はタイトルをまず決めて、ということが多いのです。数秒でつくったこの句が他に比べて人気が高いのは、皮肉というか、俳句はそんなもの、というか。

2017/04/09

■ぼやぼやカレーパン

ギターを買ってから15か月が過ぎましたが、まだ続けております。

習い事ができない性分で(単に怠け者)、運指がどうのこうのと言われても、そんなもんいまさら動かない。ピッキングという技術はとても重要で、難しいのですが、あるとき、「ピックを使わないのも面白い」と、妙なことを思いついて以来ずっとピック無し(最近、ピックの練習も始めました)。つまり、この年齢になって、楽器を楽しむのに、きちんと習い、きちんと練習するのももちろん素晴らしいのだけれど、それは人による。自分は、万事がそうですが(俳句も、そう)、テキトーで気ままがいい。

1 カレーパン日和

晩御飯の前に20分ほど、嫁はんと合わせました。時間は、これを超えると体力が持たない(自分でもびっくりするくらいひ弱)。

老後の娯楽として、晩飯前セッションというのは、わりあい良いのではないか、と。

キーだけ決めて(これはD)、嫁はんが好き勝手に始めて、私が適当に合わせるという段取り。セブンスっぽく伴奏を付けたら、嫁はんのほうが合わせてくれた。めざせ、ファンク。

いわゆるその場のアドリブですが、曲名があったほうがいいので、「カレーパン日和」にします。夜にやってるけれど、日和。ついでだから、フリー動画ソフトでカレー色にしてみました。




2 ぼやぼや日和

少し前(この1月)、ひとりで遊ぶのにちょっとステキなコード進行を思いついたつもりでいて、よくよく考えてみると、40年前にやった「Take Me With You」(サンタナ)のキー違いだった。「これがボケるということか?」と、ちょっと怖い思いを味わった一瞬でした。

曲名は、いいのが思いつかない。「ぼやぼや日和」(仮)。全体にぼやっとしてます。ぼやっと暮らしています。




3 Take Me With You

ついでだから、元曲を合わせてみましょうか、と、嫁はんにコード進行とリズム、4小節ぶんのテーマを説明。いきなりでも、サマにしてくるのがすごいなあ、と、音楽教育を受けていない私などは思うですよ。

2017/04/08

■あまり変わっていなかったりする




2016年8月28日 10時15分 撮影 ↓



2017/04/06

■失われた夏 『や』第70号より

バス降りて昔の道が炎天下  関根誠子

バスという日常的な言いぶりからすると、「昔の道」とは個人の記憶の中の道をさすのだろう(史跡や歴史的街道ではなく)。

夏、とりわけ炎天と懐旧が結びつくと、感慨は濃く深くなる。

(夏って、なんであんなになつかしく、また喪失感と直結するのでしょう?)


掲句は『や』第70号(2017年3月10日)より。

2017/04/05

■寂聴から羊毛へ 歌仙「自転車」解題〔2〕

七吟歌仙:自転車の巻

≫承前

第八句と第九句は、恋の座。

  いまふられたら寂聴になる  オ

寂聴には吃驚。次に付ける/恋を返すのは私でした。寂聴になられちゃあかなわないので、最大限の契り。

  離さない死ぬまでもとい次の世も  気

恋のセリフは既製品が多い。独創もいいけれど、伝統は尊重すべき。


はからずも、オーティス・レディングで踊る瀬戸内寂聴を頭に描いてしまい、とってもファンキーな気分になりました。

さて。

  宇宙の塵をさらふ蜘蛛の囲  鯨

恋の座からきれいに離れていただきました。「離さない」から蜘蛛の巣は巧み。

  はつなつの下宿でめくるトムキンス  景

宇宙からトムキンスはやや近いのですが(かつ、前句の種明かしのようにもなり、その点、少々まずいのですが)、下宿という外界中の外界にまで降りたところがよかった。

  神田川から酔拳の声  え

下宿と言えば、神田川。ですが、作詞:喜多条忠/作曲:南こうせつ、発売は1973年。りえさんはまだ生まれてなかったのでは?

そこでまったく余談的に思い出すのが、りえさんの「俳人と南こうせつは、妹といえば必ず『妹よ』」という名言・名指摘(たしかツイッター)。俳句で「妹よ」と出てくると、げんなりします。

私は下宿経験がたんまりありまして、最初は四畳半・家賃8,500円。寒かったですよ。石鹸ではなく歯が鳴りましたよ。

閑話休題。次は、冬・月の座です。

狙撃より確かで冴えてゐる月の  之

前句の酔からは、月の宴全般、いかようにも付くところでしたが、ここは酔拳から狙撃。「の」止めも次を促す、連句特有の収め方かもしれません。

俳句ではやらないようなことをやるのも、連句の楽しみ方のひとつですね。

  凍土の中を進むマンモス  乙

月の座、花の座のあとは、その季を2句ほど続けるのがマナー。狙撃対象が象牙目的の密漁ならぬマンモスというわけで、凍土とマンモスで手堅い冬の句。「中」がミソで、化石が動き出す感も漂います。

  留置所で教へてもらふのりピー語  オ

「いただきマンモス」って、もうみんな忘れているでしょうけれど、思い出せてよかった。ちょっと調べてみると、酒井氏の拘留期間はおよそ20日間だったみたいです。長い。司法制度、見直さないといけないですね。取調官がのりピー語を習得するのには充分な期間ですが。

  三日三晩を汽船に揺られ  気

三日三晩は72時間。勾留期限でもなく、なんでこれを付けたか、忘れました。捌きがいちばん無責任でちゃらんぽらん。

  国産みの火山にかかる花の雲  鯨

汽船の蒸気から火山。巧み。火山神いざなみの登場から、

  まづ新婦から羊の毛刈る  景

晩春の季語をもってきた新婦のこの行為、ほんとにどこかの儀礼にありそうで、おもしろい。そういえば、ニュージーランドも火山国ですよね。

ここまでで初折の表と裏が終わり、名残に突入です。

’(つづく)

2017/04/04

■俳句におけるカタカナとルビ

小津夜景さんが拙作「るびふる」の全句に言及という、おそろしいことをしてくださいまして。

http://yakeiozu.blogspot.jp/2017/04/blog-post.html

(大感謝であります。これであの10句も浮かばれます。往生できます)



カタカナはともかく〔*1〕、俳句にルビは、ないに越したことはない。

よほど差し迫った事情がないかぎりは。

難読語に振る、別の読み方をされては困るので振る、などが差し迫った事情でしょうか。

ルビは気軽に振ったりしちゃダメ。ルビは俳句にとって通常のものではない〔*2〕。だから、思いきり不自然に、過剰に(バロック的に)やってみたのが「るびふる」。

10句、まとめていて、楽しかったですよ。悪さをするって、いつでも楽しいものですよね。



〔*1〕コンビニとかよく例にあがるんですが、カタカナ語とは別に略語という問題があります。

「略すな。コンビニエンスストアと言え」「電卓は俳句では使えない。電子卓上計算機と言え」みたいな頑固親父な発言、わりあい好きです。

〔*2〕要らないルビのエピソード:
むかし結社的な句会に出ていて、清記用紙に「亡母」に「はは」とルビがあった。最悪。…なんて思いません。心清らかですから。でも、見渡して、お母様がご存命と思しき年齢の方はいらっしゃらない模様(ベテランばかりの句会だった)。「亡母なんて書かなくても、皆さんを見たら、わかりますがな」と心の中でツッコミを入れたことでした。

あと、「地球」に「テラ」のルビは竹宮恵子先生以外、やっちゃあダメだぞ。



https://www.jagat.or.jp/past_archives/content/view/3932.html

2017/04/03

■自転車からきのこへ 歌仙「自転車」解題〔1〕

七吟歌仙「自転車」を振り返ってみたいと思います。

http://sevendays-a-week.blogspot.jp/2017/04/blog-post.html

なお、付け筋etcは私の解釈。おおまかなルールやノリも私が親しくしてきた歌仙に準じたもの(私は四童さんところで歌仙をおぼえたので、「四童流」と言っていいでしょう)。異なる見解もあるものとして、おしゃべりにお付き合いください。

発端は、これ。
https://twitter.com/10_key/status/830064468742721537

「連句未経験」というユキオに「じゃあやりましょう」とお誘いして、発句をいただき、歌仙が始まりました(連句と歌仙の違いについてはググってね)。

初折表 自転車で空港へゆく日永かな  ユキオ

自転車好きの私への挨拶も含むと勝手に解釈。愛車の写真を貼っておきます。



1998年製。色はチェレステ(空色)。空港にぴったりじゃないですか。

場所は多摩川の土手。このまま川を下って川崎まで行けば、羽田空港はすぐです(まだ行ったことがないけど)。

で、脇句。

  東南東の風をおでこに  天気

脇は同時刻・同場所で付けます。付句は全体に前句から展開させます。くっついてちゃダメ。そんななか、脇句は例外。発句に向かって「いらっしゃいませ」と挨拶するので、寄り添う。

東南東の風は、ほぼ東風(こち)と解してください。有季です。俳人協会の人、聞いてる? これ、有季です。

「おでこ」では、ユキオさんのかわいらしいおでこを思い浮かべた。ユキオさん、聞いてますか? ここ、喜ぶか照れるかするとこです。

さて、3人目以降の連衆は公募スタイルにしました。「どなたでもどうぞ」と呼びかけたところ、

  黒猫は麻雀卓をぬけだして  牟礼鯨 

第三句は、発句脇句の挨拶の応酬から離れます。みごとに離れていただきました。アウトドアからインドアへの転換もそうなのですが、自転車や空港の開放感から、小博打、黒猫の凝縮感へ。

「て」止め(ほかの止め方も含め)、勢いを付けるという意味。「さあ、行くぜ」って感じですね。

  洋梨パイの焼き上がる頃  夜景

麻雀牌の「牌」からパイへ。言葉遊び(ダジャレ)系の付け方、私は大好き。音の相同=シニフィアンの相同をテコに、シニフィエの飛躍を狙う(ここ、笑うとこです)。攝津幸彦も多用した手法。

  月代を盛るにはうすい玻璃の皿  りえ

焼きあがったパイが皿へ。月の座、うくつしい。

  蘆刈る舟のものがたりせむ  若之

皿と舟。かたちの相同。「ものがたりせむ」は歌仙的想像に加速を促すとも。

初折裏 アイコンのきのこが熟す指の先  紫乙

「アイコンのきのこが熟す」はビデオゲームを思わせ、物語と響き合っています。
 
これで連衆が出揃い七歌仙となりました。

(つづく)

2017/04/02

■具ふたつ

炒め物は、具ふたつが良い、という結論に達しました。つまり、みっつ以上にならないのがいい(私的、かつ例外ありそう)。

クレソン+ベーコン。


2017/04/01

■七吟歌仙:自転車の巻 満尾

歌仙「自転車」会場

初折表 自転車で空港へゆく日永かな  ユキオ
      東南東の風をおでこに  天気
    黒猫は麻雀卓をぬけだして  牟礼鯨
      洋梨パイの焼き上がる頃  夜景
    月代を盛るにはうすい玻璃の皿  りえ
      蘆刈る舟のものがたりせむ  若之
初折裏 アイコンのきのこが熟す指の先  紫乙
      いまふられたら寂聴になる  オ
    離さない死ぬまでもとい次の世も  気
      宇宙の塵をさらふ蜘蛛の囲  鯨
    はつなつの下宿でめくるトムキンス  景
      神田川から酔拳の声  え
    狙撃より確かで冴えてゐる月の  之
      凍土の中を進むマンモス  乙
    留置所で教へてもらふのりピー語  オ
      三日三晩を汽船に揺られ  気
    国産みの火山にかかる花の雲  鯨
      まづ新婦から羊の毛刈る  景
名残表 鉄球にびくともしないコシノビル  え
      重力の罪深き木星  之
    たはむれのはじめにめくるカレンダー  乙
       褌みせてくれるんでせう  オ
    汝が胸に吾が息 とほく泳ぎきて  気
      涼気を運ぶ短波放送  鯨
    恋文にじらさないでとだけ書いて  景
      ふたりで金の孔雀を飼はう  え
    剝製のやうに無害なソクラテス  之
      防腐剤から望月こぼれ  乙
    猿酒を譲つてくれるかものはし  オ
      長椅子にぽつねんと虫売  気
名残裏 歩を成らす人工知能負かすため  鯨
      虹のむかうに靴放り投げ  乙
    牛頭馬頭とヒッチハイクで品川へ  え
      もつとひかりを(レモンヱロウの)  之
    剝落の花となりたるフレスコ画  景
      千年かけてふらここを漕ぐ  オ

起首 2017年2月16日 19:00
満尾 2017年3月31日 13:17

2017/03/31

■コシヅカのコンビーフ+春キャベツ


最強の組み合わせでござんした。

いっしょに炒めるだけ(若干手を加える、そこは嫁はんに訊いてくれ)。


ブログに食べ物の写真を上げるようになったら、末期的。でも、すでに末世だからオッケー(これ、前にも言った)。

2017/03/30

■卒業 『なんぢや』第36号より

くにたちには大学通りというものがあって、大学通りというくらいだから、この時期、卒業式を終えた大学生をよく見る。男の子たちのイタにつかない背広姿、女の子たちの袴スタイル。

卒業の土手のはるばるあることよ  太田うさぎ

その特別な日、土手にいるなんて、なんてさわやかで晴れ晴れとした卒業でしょう。

ケレン味ゼロの、気持ちのいい句。

この句の卒業は、大学生ではないですね。もっと若い。大学卒業の時点で、はるばるといした土手なんて、もうすでに残っていないかも。

…なんてことを言うのは感じが悪いし、この句の土手が喩えみたいになっちゃいますね。失言でした。


掲句は『なんぢや』第36号(2017年3月10日)より。

2017/03/29

■前島密ふたり+はがきハイク


業界最小最軽量の俳誌『はがきハイク』第16号、リリース。そろそろみなさんのお手元に届く頃と思います。

タイポあります。誤字脱字は愛嬌。

あっしのタイトルは、ode to 金子光晴。

『はがきハイク』はこちらから勝手に送りつける御挨拶のようなもの。送り先の漏れは多々。届かないときは、「おい、こら、来てねえぞ。送れ」とゆってください。
tenki.saibara@gmail.com

見たことがない、興味がちょっとあるよ、という方も、同じメールアドレスへどうぞ。


【お願い】
はがき「全面」の写真、画像キャプチャー等を、ネット上に載せるのはご遠慮くださいますようお願い申し上げます。

理由は、

 恥ずかちいから。

というのはウソで、

1 はがき大という寸法の関係から全文引用(こんな語はない。転載ですな)になってしまう。

2 おひとりおひとりにお送りする意味がなくなる。それなら最初から私らが画像をネットに掲載すれば済む話で。

なんか、送りつけておきながら、こんなお願い、恐縮ですが、なにとぞよろしく。


なお、引用は大歓迎。

この句、好き、とか、叫びまくっていただきたい。句も私も喜ぶ。

2017/03/26

■ルジャドーゼ・オドローゼ 3月下旬の消息その他

ウラハイに「るびふる」10句を寄稿。

イロモノ、企画モノのたぐいですが、本気です、正気ですので、ご心配なく。


ひとつ、手術の句は17音にこだわりすぎました。

手術してもらふ紫雲英田のまひる と五六五(八八)のほうがよかった。入稿直後に改稿、痛恨。


本誌トップ写真は函館の早朝。

この直後に撮った写真。


2017/03/24

■桜

月満ちてゆく枝に花満ちてゆく  下坂速穂

美しいグラフィック。まるで花札のような。

掲句は『なんぢや』第36号(2017年3月10日)より。 


2017/03/23

■ジプシー



紙巻タバコはほとんどやりませんが、たまに気が向いたら買う。この日、かまやつひろし追悼でゴロワーズを買おうとして、隣にあったジターヌを。

なお、公共の場所での分煙には大賛成。家庭内分煙は、個々、家庭の問題。

なお、ジプシーは日本の放送/出版業界では差別語扱い。ロマって呼ぶ。

■新しい眼鏡ケース

チョコレートを食べ終えて新しい眼鏡ケースに。

2017/03/21

■「ねじ」について 『川柳ねじまき』第3号(2017年1月15日)より

「ねじを巻く」という言い方、あまりしなくなったような気がしますが、「ねじまき句会」という名称は、怠け者の私にはよくわかる。ふだんだらだら過ごしているが、ここはひとつアタマをしゃきっとさせて、句をつくろう、句を読もうという感じ。

ただ、一方で、ねじが1本抜けた句がよい(小川軽舟さんが言っていた)。

ねじがぜんぶきちんと締まっている句は、「がんばってる」句ではありますが、コクやら広い意味での面白みが足りない。

川柳は、どうだろう。

ねじが1本抜けた川柳、ヘンな締め方のしてある川柳、ねじの曲がった川柳が読みたい。



以下、『川柳ねじまき』第3号(2017年1月15日)より、御一人様御一句。

ふくろうとまめでんきゅうが鳴き交わす  なかはられいこ

安売りのチラシの上を走る8  中川喜代子

納豆の糸をひらひらさせちゃって  瀧村小奈生

きつねにばかされないようにいっぷく  妹尾凛

クリストファーと名付けたくなる朝がある  魚澄秋来

全面表示画面で覗く臍の底  安藤なみ

夕焼けにバケツを鳴らすウルトラマン  犬山高木

あの家も曇りときどき無計画  青砥和子

元彼が静脈瘤で待っている  米山明日歌

声になる手前の笑い桑畑  八上桐子

明朝体コチョコチョしても笑わない  三好光明

柿の木から落ちた客室乗務員  丸山進

もはやもう紅組でさえない幸子  猫田千恵子

雨脚のだんだん強くなる頭  二村鉄子



2017/03/19

■無事終了

≫嫁はんがライブやるです
http://sevendays-a-week.blogspot.jp/2017/03/blog-post_1.html
http://sevendays-a-week.blogspot.jp/2017/03/blog-post_48.html

たくさんの方に来ていただきました。ありがとうございます。

1 嫁はんが書いたプログラムの曲目紹介、とくに「動物の謝肉祭」が好評。

2 2台ぶんの響きは、やはり豊か。

3 最後の「カルメン」で、嫁はん、弦をぶち切る(私がステージを観た範囲で今回が三度目)。切れたまま、アンコールの「月の光」。

4 終演後、俳句関係の皆様と居酒屋。吾郎さんが事前に店を決めておいてくれる。さすがその道のプロ。


2017/03/18

■夜桜のこと 加田由美句集『桃太郎』の一句

夜桜も夜桜の図も音あらず  加田由美

現実とその写しの繰り返しによって夜桜の姿かたちが強調され、音を排除することで、視覚要素がさらに際立つ。


桜はもうすこし先ですが。


掲句は加田由美句集『桃太郎』より。



≫過去記事:おなじものとちがうもの

2017/03/17

■ハガキ、届く。

もともっちゃん、ありがとう。


2017/03/16

■明日に迫った嫁はんのステージ

嫁はんのピアノデュオリサイタルがいよいよ明日に迫り、プログラムをつくる(いつもながらいわゆる夫婦の仁義)。

原稿は演奏者のお二人。校正(変更)が多いので、フライヤーデザインの亞子さんのお手を煩わせず、あっしがMSワードで作り、プリンターでじーこじーこと印刷。


杉並公会堂小ホール
2017年3月17日(金)18:30会場 19:00開演


2017/03/14

【お知らせ】3月のくにたち句会

2017年3月26日(日)14:00 JR国立駅改札付近集合

句会場所:ロージナ茶房(予定)。

席題10題程度

句会後の飲食もよろしければどうぞ(会費アリ)


初参加の方は、メールtenki.saibara@gmail.com)、電話etcでご一報いただけると幸いです。

問い合わせ等も、上記メールまで。

2017/03/13

■土砂降りの巴里 『丘ふみ游俳倶楽部 百五十号発刊記念句集』の一句

レコードの傷の土砂降り巴里祭  秀子

アナログ盤のスクラッチノイズはたしかに雨の音です(レコードが終わった後の音=雨、といった句を作ったことがある)。

この句は、雨どころか、土砂降りとまで言い切った。振り切れています。

季語・巴里祭からすると、シャンソンの古いレコード。革命記念日(7月14日)だからといって勇ましい曲と限定することもないでしょう。

掲句は『丘ふみ游俳倶楽部 百五十号発刊記念句集』(2017年2月)より。

土砂降りの映画にあまた岐阜提灯  攝津幸彦

こちらは視覚の雨。

2017/03/12

■今井委員待たねえし無季認めねえし 俳人協会新人賞の選考がおもしろい 

俳人協会報を紹介した神野紗希さんのツイートに反響。

無季への絶対的ダメ出し、カタカナへの相対的/場当たり的なダメ出しは、ずっと変わらず繰り返されてきたこと。それへの疑問・批判を含め、ほぼ定期的に話題にのぼる(≫参照)。

保守的(とはほんとは言えないんだど)で旧弊な規則遵守の態度、それへの拒否反応・批判。この双方にいまさら感は否めず、後者の硬直化がむしろ心配(カジュアルな寛容主義って排他主義・厳格主義よりも受け入れられやすいしね)。カギ括弧付きの「伝統」をめぐる見解や感想の対立は、常態化というより儀礼化した感。

個人的に、ツボは、むしろ「遅刻の今井委員を待たず選考」の部分。

へえー、待たないんだ。ちょっと吃驚。

ふつう待つでしょ?

俳句以外にすることなくも暇な(憶測です)老人たちなのに? と言ったら叱られるかもしれないけれど、交通渋滞の遅れくらいは待つでしょ?

(で、今井聖さん、その後、どうだったのだろう? こんど聞いてみよう)

つまり、きっと。

有季定型や外来語にまつわる判断基準も、定刻どおりスタートも、「考えるのがめんどう」だから、決めたとおり、ということなのでしょう。

めんどうなら、賞とかやめればいいのに、協会も解散すればいいのに、と思う。こういうことのほうがよほどめんどうそう。


くわえるに、待たなかった理由に「今井委員がいたら、めんどう」というのもあったんじゃなかろうか(憶測です)。

2017/03/11

■人はあまり読んではいない

朝日新聞に小津夜景さんの12句「胸にフォークを」。
http://www.asahi.com/articles/DA3S12831866.html
(やがてリンク切れになるでしょう? 新聞記事って)

なかなかに自由奔放な12句。

それはそれとして、読んだ(見た)人の反応として、記事に付された著者近景〔*〕を見て初めて、夜景さんが女性であることを知った人もいらっしゃるようだ。

ということは、彼らは、角川『俳句』3月号も、北海道新聞のエッセイ「かもめの日の読書」も、『週刊俳句』の新春対談「〈身体vs文体〉のバックドロップ 格闘技と短詩型文学」も、夜景さんのブログも、どれも読んでいない。

あんがい(というかあんのじょう)、記事は読まれず、人名とその作品が世の中を漂うわけです。これは、読まないのはダメといった話ではなく、また今回個別の事情でもなく、記事というもの、全般に、あまり読まれていない。

書く→載る→読まれる、という過程と結果は、ともすると、自然に進行するように考えがちですが、誰かに読まれるという成果へと達するのはきわめて困難なことなのですね。



このところ、俳句について何か書くとき、「どうせそんなには読まれない」と、気楽に考えるようにしている。これは自分にとってはポジティブな方向性。

同時に、「前に書いたことがあるから」といって書かないでおくということもしないようにしている(このことも前にどこかで書いた)。「前に書いた」ものを読んでいる人はごく限られている。何度同じことを書こうが、初めて読む人がいる。

なお、読まれないから品質はどうでもいい、という話ではありません。書く以上は、どんな戯言でも片言でも、その時点でめいっぱいのベスト。


〔*〕この著者近影、私がお会いした夜景さんとはちょっと感じが違う。この写真だとしっかりした人みたいに見えますが、私の記憶では、いつ見ても道草くってる、あるいはわざと迷子している子どもみたいな人、という印象。明晰な散文とのギャップに驚く人は多いと思います。きっと、写真とは、いろいろな写り方をするもの、ということですね。

■田老と宮古〔震災以前〕



2017/03/10

■又読み

「又聞き」ならぬ「又読み」をすることが、俳句には多い。

俳句雑誌や句集を読んでいなくてもレビュー・評論に引かれた句を私たちは相当数読む。

掲載誌の連作を読む、句集本体を読む、レビューを読んで興味がわいて入手する、といった行動をとるのが良い読者、という見方もあるが、又読みも、カジュアルに句に接するという点で、それほど悪いことではないと思う。

外形的・量的にコンパクトな俳句は、とりあえず、作るに易く、発表するに易く、読むに易い。前二者についてはちょっと立ち止まって考えてみる必要があるが、手軽に読めるのは俳句の良いところでしょう。

と、ここまで書いて、俳句がなかなかマネタイズしないのは、このへんも関係がありそう。

例えば小説は、レビューを読んで面白そう→本・雑誌を買う、という行動は起きやすい。俳句は、そういう流れにならないんですね。又読みで済んじゃうところがあるから。

まあ、マネタイズなんて卑俗なこととは無縁に遊べる、というのも俳句の良いところでしょう。

2017/03/09

■夏蜜柑は春の季語

お向かいのミワタさんからいただいた夏蜜柑のマーマレード。

遠い親戚よりも、料理のじょうずなご近所、ですね。


2017/03/07

■岸辺のシロー 『川柳ねじまき』第3号から

『川柳ねじまき』第3号(2017年1月15日)より。

電柱と岸辺シローは出会えたか  なかはられいこ

どうだったのだろう? 出会えたのか? と必要以上に親身にマジメに「結果」に思いをはせてしまうのは、どうしてだろう。

掲句は「岸辺」。岸部シロー(岸部四郎)の岸部とは字が違う。けれども、どうしたって「きしべ・しろー」は彼のことなのだ。

(岸辺の用字は、水際の危うさを呼び寄せる)

岸部シローのことは、ザ・タイガースでタンバリンを手に、隅っこのほうに立っていたときから心配している。私などが心配してもしかたがないことは承知の上で心配していた。

電柱くらいに出会えないはずがない、きっと出会えたはず。そう思いたい。


なかはられいこの20句作品「ととととと」には、

魚の腹ゆびで裂くとき岸田森 同

質問の最後に神田うのを置く 同

人名俳句の泰斗として(冗談だから真に受けないように)、目を止めざるを得ないが、これはもう重症化しており、次の見開きの最後の句、

加茂茄子に紺を充填する真昼  中川喜代子

の「加茂茄子」を、「かも・なすこ」と、人名に間違えてしまうという、われながら重篤。

それはさておき、「ととととと」に戻ると、

サイレンと水母いっぱい室内に  なかはられいこ

くしゃみして猫はいっしゅん海になる  同

といった聴覚・視覚のマルチメディアによって、わからないようでよくわかる気がする〈この世の事態・世界のテクスチャ〉を伝える句が心に残りました。  


2017/03/06

■日曜俳句

1 俳句は、たくさん作りたいときはたくさん作る。作りたくないときは作らない。

2 俳句は、手書きで作る。パソコンで(タイピングで)作らない〔*〕

以上2点は、俳句を作ることが「作業」になってしまわないための、自分の中の取り決め。



きほん、句会でしか作らないのですが(かつもっぱら題詠)、このところ、週に一度、日曜日に、句会でも題詠でもなく、ひとりで句を作る時間を持つようになりました。自分でなかば義務化しています。作業的にはなりますが、作業そのものでない。作句スペースは紙1枚。そこから5句をいちおう仕上げる。ちょっと負荷がかかって、新鮮です。



〔*〕メール句会や入稿などは、手で書いたものをパソコンで入力して、それから並べ替えたりはします。

2017/03/05

■至上/最高

巻貝のくるりと至上見えている  清水かおり〔*1〕

巻貝は季語ではないが春の気配がみなぎる句。螺旋のその先はとうぜん至上・至高なわけで。

俳人なら、抽象語の「至上」ではなく、空にまつわる語をもってきそう、と思ったが、

うつうつと最高を行く揚羽蝶  永田耕衣〔*2

「最高」を用いてチョーサイコーの俳句があることを思い出した。


〔*1〕『川柳木馬』第150・151号合併号(2017年1月)

〔*2『天狼』第7号(1948年7月)

2017/03/03

■男雛+女雛+前島密ふたり


雪我狂流さんからむかしもらった豆雛。とてもちっこいけど、おんかんばせは、まことやんごとなき造作。

2017/03/02

■まだ届かない首 徳永怜の一句

ディアゴスティーニそろそろ届く僕の首  徳永怜

ディアゴスティーニはいわゆる週刊百科/分冊百科(業界ではパートワークと呼ぶ)で知られる会社。

ぜんぶ届いたら「僕」になるのか、別のモノになるのか。とにかく、「僕の首」がまだ届いていないというこの状況が素晴らしい。首のない人間を描くに、まこと秀逸な設定であります。

『川柳木馬』第150・151号合併号(2017年1月)より。

2017/03/01

【お知らせ】嫁はんがライブやるです


ふたりで1台(いわゆる連弾)だったり2台だったり、みたいですよ。

問い合わせは tenki.saibara@gmail.com 天気まで。

2017/02/28

■新年詠はやっぱ共感?

この時期の結社誌・同人誌には、正月の句がたくさん載る。

たつぷりと見し初夢の覚めて無し  小川軽舟〔*〕

ああやはり七草が歯にはさまりぬ  笹木くろえ〔**

どちらの句も、誰もが身に覚えがある事象。正月は、共感の成分の多い句が、めでたい。

〔*〕『鷹』2017年3月号
〔**『鏡』第23号・2017年2月1日

2017/02/27

■句会サンド

くにたち句会、無事終了。

アフター句会(っても合評ですでに飲食には入るんだけれど)、今回は、嫁はんが千葉のほうでステージ(プレ本番的な)。帰りが少し遅い。なので、

サンドイッチ・パーティー

パンと具を用意して、各自が好きに挟んで食べる。

意外に楽しいんですよ。

それに、これなら、嫁はんがいなくても、なんとかなる。

パン類:紀ノ国屋
ハム類:コシヅカハム
チキン:鳥たけ
etc
前日と当日に買った。

ピクルスがあったので、刻んでマヨネーズに混ぜる。粒マスタードも用意した。タマゴもなんとなく焼いた。


句会もアフター句会もぜんぶ終わってから、しかし、頭の中がモヤモヤする。

なんか忘れてるような。

で、けさ冷蔵庫を開けて、気づいた。

コシヅカの手作りコンビーフ! 出すの忘れとった!

ごめんなさい。またいつかきっと出します。

席題「座」で

スカラ座のもぎりの春のショールかな 10key

スカラ座は、国立スカラ座。国分寺にピーターキャット(村上春樹経営)があって、でもジャズ喫茶なら、北口のモダンのほうが本格な感じがした、そんな時代の2本立て数百円の二番館。

2017/02/26

■卓上眼鏡ケース

老眼と近眼ふたつ要るのは不便だけど、不便さに慣れていかないと、ね。

良いケースを思いついた日は、良い日。


.

2017/02/25

■某バターサンド 『鏡』第23号の一句

『鏡』第23号(2017年2月1日)より。

マルセイバターサンド常緑樹の林  佐藤文香

いまはJR国立駅敷設の商業施設でいつでも買えるので、ありがたみが薄れたが、北海道みやげといえば、断じて白い恋人うんぬんではなく、六花亭なのであります。

作者・佐藤文香氏にとって、マルセイバターサンドは特別。どう特別かは、掲載誌をご覧あれ。

おめでとうございます。佐藤さん。

何がめでたいのかも、掲載誌をご覧あれ。


それはともかく、あとに続く「常緑樹の林」が、なんとも言えず素晴らしい句。


2017/02/24

■スクリュー 堀込学『午後の円盤』の一句

兄嫁の背のスクリューの密かなる  堀込学

「嫁」の一文字、また「兄嫁」という関係から、性的なものを連想してしまうが、そこにある種の仕掛けが施されると、卑近から離れ、広義の「性」性(≒聖性)を帯びる。

この句の仕掛けはスクリュー。スクリューという、陸生(人間はだいたいそう)には不要のものを背に隠し持つ彼女は、狭義の性を超えて、不思議な機械。

掲句は堀込学句集『午後の円盤』(2013年7月/鬣の会)より。


■恋まで行きました

歌仙「自転車」の記事、更新のたびに下に行きますが、このブログの右上にリンクを貼っています。

2017/02/22

■「見えないもの」の話

いいね♥を押すとたましいを取られると信じている。
http://yoko575.blog.fc2.com/blog-entry-183.html(やさしさ。:川柳もと暗し)
SNSに「たましい」の話は不向き。というか、目に見えないもの・目に見えにくいものは、SNSに不向き。

写真はSNSによくフィットする。


SNSに限らず、ブログも、インターネットのぜんぶも、目に見えないもの・目に見えにくいものを扱う場所ではない。そこでは、見えないものが可視化されるのではなく、見えるものをさらに容易に見えるように、というわけなのですよ。エラく当たり前のことをあらためて言ってるだけです。ごめん。

2017/02/19

■「冷遇ガール」つれづれ

≫俳句という鵜飼 「冷遇ガール」をめぐる中島憲武✕三島ゆかりの対談
https://togetter.com/li/1081868

文意と意味は(ここで厳密に用語するわけではないですが)、別のことでしょう。

文意の了解性がきわめて低い句、それはたくさんあります。でも、意味をまとっていないわけではありません。

ヘンな(またヘタな)喩えですが、シュールレアリスムの絵には、色もかたちも、ある。

と、ややこしい(けれども本質的な)話とは別に、「ガール」含みの句はそれほど多くない。

やはりこれを挙げておかないと。

退屈なガソリンガール柳の芽  富安風生『十三夜』(1937年)

ちなみに当時の自動車保有数はトラック、バス、二輪車を含め、21万台強。現在(8000万台強)台の約400分の1。って、俳句と関係のないとこに興味が行っちゃったけど、意外に多くないですか。昭和12年で。その普及数なら。

http://nakaco.sblo.jp/article/41535922.html

2017/02/16

▼歌仙:自転車の巻

突然ですが、歌仙を始めます。

石原ユキオさんから発句をいただきました。

初折表 自転車で空港へゆく日永かな  ユキオ
      東南東の風をおでこに  天気
    黒猫は麻雀卓をぬけだして  牟礼鯨
      洋梨パイの焼き上がる頃  夜景
    月代を盛るにはうすい玻璃の皿  りえ
      蘆刈る舟のものがたりせむ  若之
初折裏 アイコンのきのこが熟す指の先  紫乙
      いまふられたら寂聴になる  オ
    離さない死ぬまでもとい次の世も  気
      宇宙の塵をさらふ蜘蛛の囲  鯨
    はつなつの下宿でめくるトムキンス  景
      神田川から酔拳の声  え
    狙撃より確かで冴えてゐる月の  之
      凍土の中を進むマンモス  乙
    留置所で教へてもらふのりピー語  オ
      三日三晩を汽船に揺られ  気
    国産みの火山にかかる花の雲  鯨
      まづ新婦から羊の毛刈る  景
名残表 鉄球にびくともしないコシノビル  え
      重力の罪深き木星  之
    たはむれのはじめにめくるカレンダー  乙
       褌みせてくれるんでせう  オ
    汝が胸に吾が息 とほく泳ぎきて  気
      涼気を運ぶ短波放送  鯨
    恋文にじらさないでとだけ書いて  景
      ふたりで金の孔雀を飼はう  え
    剝製のやうに無害なソクラテス  之
      防腐剤から望月こぼれ  乙
    猿酒を譲つてくれるかものはし  オ
      長椅子にぽつねんと虫売  気
名残裏 歩を成らす人工知能負かすため  鯨
      虹のむかうに靴放り投げ  乙
    牛頭馬頭とヒッチハイクで品川へ  え
      もつとひかりを(レモンヱロウの)  之
    剝落の花となりたるフレスコ画  景
      千年かけてふらここを漕ぐ  オ

どなたか、この歌仙に参加しようという方、コメント欄に、第三句をお願いします。発句・脇句のやりとりから離れ(場所や時間、雰囲気をひきずらず)、無季、「て/にて/らむetc」止めで、第四句以降に向けて勢いをつけてください。

付句とは別に参加表明だけも歓迎です。

なお、ルールは緩いです。わたくしめの捌きはいいかげんです。愉しければ、それでオッケー。

打越その他、参考サイト↓
http://www.asahi-net.or.jp/~xl4o-endu/rule.htm



動画は適当に換えていきます。



2017/02/15

【お知らせ】2月のくにたち句会

2017年2月26日(日)14:00 JR国立駅改札付近集合

句会場所:ロージナ茶房(予定)。

席題10題程度

句会後の飲食もよろしければどうぞ(会費アリ)


初参加の方は、メールtenki.saibara@gmail.com)、電話etcでご一報いただけると幸いです。

問い合わせ等も、上記メールまで。

2017/02/13

■梅のこと

咲くまでの梅を不思議な木と思ふ  正木浩一


梅の句といって、咲いている句よりも、この句を思い出すのは、なぜだろう。

梅は、老木の洞を見つめたり、枝ぶりを眺めたり、木も飽きない。それは、もともとそうなのか、この句を知ってからなのか。わからないけれど、おそらく後者。


掲句は『正木浩一句集』(1993年/深夜叢書社)より。



2017/02/11

■チャーハンは早春の感じです

チャーハンも得意種目であります。

食べ物の記事が3日続きましたが、すでに末法の世なので、問題ありません。


2017/02/10

■春はたまご焼き、という気がします



たまご焼きは得意種目であります。

ちょっと焦げ目が多いけど。

2017/02/07

■ジャクソン5・リミックス祭り

踊らなむ。

句会後のダンスタイムにご自由にお使いください。








2017/02/05

■外階段:江東区森下あたり

某日。江東区森下へ。ひとり2時間ほど散歩。小名木川の川べりは以前、清澄庭園方面から隅田川へと歩いたのですが、今回は、森下駅から隅田川へ出て、そこから小名木川へ、ぐるっと四角くコースをとって、森下駅付近に戻るという経路。





2017/02/04

■フレンチトーストはどこで切り分けるのか

五七五マニアなのではないかと思います、自分でも。

五七五が好きすぎて、数々の変則五七五も、大好物。文節的には七五五(例:愛されずして沖遠く泳ぐなり 藤田湘子)は言うに及ばず、下が字余りの五七六も大好きですし、上の字余りなんて六七五などとケチなことを言わずに、二桁音数+七五さえ、許容です。

で、今回とりあげるのは、中七から下五にかけて、リズムの工夫、というか、ネタを仕込んだ例。


三月のフレンチトーストと絵本  木田智美 


    さんがつのふれんちとーすととえほん
文節 ●●●●●●●●●●●●●●●  5 9 3
定型 ●●●●●●●●●●●●●●●●●  5 7 5
韻律 ●●●●●●●●●●●●●●●  5 7 1 1 3


実際に読むときは、意味から来る文節が、定型五七五に引っ張られて、

  さんがつの//ふれんちとーす/と/と//えほん

となります。

この句のキモのひとつは、=「トと」の箇所。ステキなリズム。


とーすととすととすととすとと…

「とー」で溜めて、「すとと」は3連符で鳴らしてください。

で、「ぇほん」とアフタービートで。


掲句は『関西俳句会「ふらここ」作品集』(2016年3月)より。



2017/02/03

■地獄と青空

ひょんなことから「さよならポニーテール」というもの(音楽グループ?)のメンバーであるところの(?)「みぃな」という人の弾き語りを聞く。



オリジナルはこちら。



もうひとつ、「みぃな」の弾き語り。



オリジナルはこちら。
https://youtu.be/X1OIUPZJcJc

2017/02/02

■情と事と抒と叙と俳句

(もちろん、俳句は必ずしも「どう抒情するのか」という問いに答えなければならないものではないのだろう。その意味では、俳句は必ずしも抒情詩ではないのだろう。だが――)。福田若之 「どう抒情するのか」という問いにどう答えるか
http://hw02.blogspot.jp/2017/01/blog-post_31.html
俳句は、なんなんでしょうね。抒情詩でも叙事詩でもないような気がします。

ひょっとしたら、〈抒〉でも〈叙〉でもないのかもしれません。


2017/02/01

■今年の梅

うちの前の梅が満開に近づいています。今年は梅が早いみたいですね。



2017/01/30

■Dance the Night Away くにたち句会始末記

くにたち句会、無事終了。

句会後の飲食の果て、残ったメンバーでディスコ状態。



■鶴の糞

鶴凍てて花のごときを糞りにけり  波多野爽波

鶴の糞はおおむね白い。食べるものによって色合いは違い、例えば、餌付けの餌によっても違ってくるらしい。

すっくとした立ち姿から、花の白さの糞が落ちる。輝くような一瞬なのだろう。

凍鶴だからといって、糞が凍てついているわけではない。それ相応の温度もあって、周囲の寒冷との対比になっている。

掲句は『湯呑』(1981年)より。


2017/01/29

■無毛教授?

Medeski Martin & Wood - Professor Nohair

2017/01/27

■ニワトリ 『絵空』第18号の一句

『絵空』第18号(2017年1月15日)より。

冬日向放たれて鶏動かざる  中田尚子

ニワトリをケージや飼育場以外で見ることは、今はほとんどないかもしれませんね。農家の庭に放たれたニワトリを見たことがない人も増えていくでしょう。

ブロイラーでも大量生産卵用でもないニワトリを「鶏」と呼ぶのでしょうけれど。


祭りの夜店で手に入れたヒヨコを家の中で成鳥にまで育てた知人がいました。よくなついて、歩くと、あとをついてきたそうです。

【再掲】【お知らせ】1月のくにたち句会

2017年1月29日(日)14:00 JR国立駅改札付近集合

句会場所:ロージナ茶房(予定)。

席題10題程度

句会後の飲食もよろしければどうぞ(会費アリ)


初参加の方は、メールtenki.saibara@gmail.com)、電話etcでご一報いただけると幸いです。

問い合わせ等も、上記メールまで。

2017/01/26

■ぽっと出の「ぽ」 田島健一『ただならぬぽ』余談


句集『ただならぬぽ』のタイトルになった、

ただならぬ海月ぽ光追い抜くぽ  田島健一

を見たとき(おそらく2014年)、『月天』第5号(2001年)所収の次の一句を思い出した。

待乳山ぴ人形焼のやぶにらみ  井口 栞

発明された切れ字としての「ぴ pi」(≫参照過去記事)。

田島健一がこの句を知っているとは考えにくく、前掲句の「ぽ」は、ネット用語の「ぽ」がから来ているのだと思っていた。

だめぽ (≫google検索

ぬるぽ (≫wikipedia

…の「ぽ」。

ところが、いつだったか田島氏にこの件を訊いてみると、「だめぽ」「ぬるぽ」の「ぽ」でもないらしい(ほんとうにそうじゃないのか、はぐらかされたのかは不明)。

この、ただならぬ「ぽ」は、つまり、出自を持たない、ぽっと出の「ぽ」であるらしい。あるいは、海月が尻にくっつけてきた「ぽ」(それにしても大した出自ではない)。


2017/01/25

■名曲名唱

2017/01/24

■冒頭集:生命

ソルタレラ号は氷山のあいだを縫うように進んだ。私は、激しく上下する小型船の船べりから身を乗り出し、北極海の清冽な水のなかをのぞきこんで驚いた。ここにこれほどの生命がひしめきあっていようとは、思ってもいなかったからだ。極北の海には、種々雑多な生物が満ち満ちていた。まるで豆つぶのような、橈脚(かいあし)類と呼ばれるちっぽけな甲殻類が、何千個もまとまって海面近くを泳いでいた。
リチャード・フォーティー『生命40億年の歴史』1997(渡辺政隆訳/2003年/草思社)

2017/01/23

■冒頭集:洋館

若し4だとすれば、斜線はそのままにして、たての線とよこの線を伸ばす。Aならば、凭れ合っているどちらか一方の線を延長します。そんな形になった辻が、私の通学の道すじにあって、まんなかの三角形の区劃内に、三角形の玩具のような洋館が立っていました。二階建でしたが、私にはその形をしたマシマロウのように思えて仕方がなかった。というのは、全体が薄い緑色に塗られて、しかも相当に年代が経ってペンキに粉がふいていたからなのです。
稲垣足穂「夢がしゃがんでいる」1923:『タルホ神戸年代記』(1990年/第三文明社)

2017/01/21

■みなみ 田島健一『ただならぬぽ』を読み始めた

田島健一句集『ただならぬぽ』は、すこし読んだだけですでに〈ただならぬ〉句集であり、同時に、きわめて〈ぽ〉な句集であることがわかりました。そうとう楽しめそうです。

老人病棟みなみひらけば南風  田島健一

この句集を語るにこの句から、というのは、どうかと、自分でも思いますが、こういうわかりやすい句も入っているというのは、すこし驚きです。この句の前のページ(p13)も明瞭でわかりやすい句。意外に読者の事も考えているのかもしれませんね、田島さんは。※このあたり冗談ですから、気にしないように。

さて、掲句。

いなびかり北よりすれば北を見る   橋本多佳子

と対を成すような、明快な〈当たり前〉。

多佳子のこの有名句が入っているのは第3句集『紅絲』。1951年の刊行です。66年の時を経ての「老人病棟」。若かった国が老いるのに充分な時間といえるのかどうか。よくわかりません。





2017/01/20

■カモメとか廃屋とか

週刊俳句・第508号に、

終わらない散歩 小津夜景『フラワーズ・カンフー』 を寄稿しました。

エピグラフ(紀野恵の短歌)は、ずいぶん前、この句集を読んですぐのときに決めていました。ここは「やったぜ!」という感じ。

本文では、「三鬼、ぎゃふん」「人間ではなく狼に育てられた子」の2箇所を自分で気に入っています。

書き終えて、最後に、タイトル(終わらない散歩)で難渋しました。ほんと、むずかしい。これだ、といったぐあいには決まらなくて、妥協。ちょっとくやしい。

ひとつ、このレビューでだいじなことを書き忘れていた。

夜景さんの句は、調べがいい。

何度か書いたけれど、「調べ」とは韻律や音だけではありません。もちろんそれもあるのですが、語と語のつながりがつくりだす感触、語と語のつながりの纏う意味が調べに寄与する、邪魔しない。その意味での調べです。



余談。

『フラワーズ・カンフー』の冒頭の句にあるタブラ・ラサ。これについては悪い思い出があります。

俳句を初めて数年、結社にいたとき、何十句かの未発表句を対象にした結社内の賞に応募したことがあって、その句群のタイトルに「タブララサ」と付けたわけです。

審査結果が発表になって、見ると、選考委員のベテランがこのタイトルに触れている。

こちらとしては、俳句を始めてまもないから白紙状態というのはその気分に合っているし、ちょっとオシャレっぽいし、と軽い気持ちでしたが、どうもお気に召さなかったらしい。辞書を引いて意味を説明までしてくれながら、苦々しい口調。

タブラ・ラサとか(それから『フラカン』で隣りにある千年王国とか)、社会科学系の読書をしていたら、それほどめずらしくもなく登場する用語であり、ネタです。でも、耳慣れない人、初めて見たという人も多いのでしょう。邪推をすれば、そのベテラン俳人は、自分の知らない語が出てきたのがおもしろくなかったような感じでした。

それ以来、タイトルは、誰にでもわかる語にしようと決めました(例:けむり)。でも、ときどき、いたずら心が首をもたげて、その結社誌の自選5句のタイトルに「糸脈」とかと付けて、喜んでいましたよ。

とまあ、思い出話ですが、『フラカン』は冒頭に「たぶららさ」。わりあいチャレンジングな始まり方なんですよね。

「どう読もうが知ったことか」みたいな姿勢(好き勝手)が、あのキュートな雰囲気の一冊の中にあって、それが私には好ましいののですけれど(≫過去記事参照)。