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2026/02/10

■冒頭集:家畜

海で溺れる家畜の絵にしよう、と言い出したのは花蓮(かれん)だった。
村田沙耶香「変半身(かわりみ)」:『変半身』2019年

冒頭の1行で、この話、きっとおもろしい。実際、期待を裏切らなかった。

2019/11/30

■冒頭集:悪夢のはじまり

設計を担当した者の安易な発想が、丸窓、分かりにくい位置にあるエレベーター、空間効率の悪い階段などに表現される、当人にすりゃあ奇抜、通常人から見りゃあ陳腐な外観の、しかしよく見るとところどころいかにも安手の材料・材質・施工、しかも、管理運営がきちんとなされていないせいか、ペンキは剝落し錆が浮き建物全体が埃にまみれて薄汚れた集合住宅。なかなかやって来ぬエレベーターに業を煮やした自分は、駅から歩いて足が棒のようになっているのにもかかわらず、遅刻を恐れた自分は、背後の階段を四階まで一気にかけ登った。
町田康『実録・外道の条件』(2000年/メディアファクトリー)



2019/11/26

〔連鎖〕22 西原天気

≫承前〔これまでの連鎖も見る〕

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22 西原天気 2019-11-22

 もはやお忘れであろう。或いは、ごくありきたりの常識としてしかご存知ない方も多かろう。が、試みに東京の舗装道路を、どこといわず掘ってみれば、確実に、ドス黒い焼土がすぐさま現れてくるはずである。
阿佐田哲也「麻雀放浪記」:『色川武大 阿佐田哲也全集7』福武書店1992

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「つなぎたい」という方はtenki.saibara@gmail.comまでご連絡ください。

2019/10/02

■冒頭集:キャラメル

 その日、その時、昼の公園。おれは女にビンタをされていた。
 女が誰で、どこに住んで、いくつなのか見当もつかなかったが、殴らせておく他なかった。
 おれは彼女の店で、森永のキャラメルを万引したのだ。
(平山夢明「いんちき小僧」;『デブを捨てに』文藝春秋/2015年2月)


2019/08/08

■冒頭集:本を集める

 本を集めるという発想は、日本では意外に古くから存在した。九世紀といえば平安初期の儒者で官僚だった滋野貞主(しげのさだぬし)(七八五~八五二)が、儒者仲間と諮って貴重文書一〇〇〇巻を集め、分類をほどこし『秘府略(ひふりゃく)』と称したが、間もなく散逸し、今日わずか二冊しか伝わっていない。貞主はまれに見る学識の持ち主で、かつ良吏でもあったため、毒瘡に斃(たお)れたときには時人のことごとくが嘆き悲しんだという。このような人柄であるから、国政に資するための文献収集を考えたのであろうが、いまだ理解者に乏しかったことは、簡単に散逸してしまった事実からもわかる。
紀田順一郎『日本博覧人物史 データベースの夜明け』(1995年/ジャストシステム)

2019/08/06

■冒頭集:パンク

 街道沿いの茶店に牢人(ろうにん)が腰をかけていた。
 晴天であった。
 牢人は茶碗を手に持ち往来の人を放心した人のように眺めていたが静かに茶碗を置いて立ち上がると、茶店に面して道幅が広がった広場のようになったあたりに生えた貧相な三本の松、その根元の自然石に腰掛けて休息している巡礼の父娘に歩み寄った。
町田康『パンク侍、斬られて候』2004年/マガジンハウス

2019/07/23

■冒頭集:宛名

 アボガドが書く宛名はいつも中途半端であてにならなかった。
 脳味噌をトロトロのアイスクリームにさせる陽射しのなか、俺は穴ぼこみたいな自分の影と一緒に埃っぽい田舎道をゆらゆら移動していた。時折、立ち止まってアボガドのメモを確認したが、焼いた煉瓦並みに陽炎をおっ立てている田舎道でB1だかB3だかの鉛筆で撫でくった文字を解読するのはとても大変なことだった。
 アボガドは五十過ぎのデブで俺は奴の水の飲みっぷりから糖尿だろうとふんでいた。(…)
平山夢明『メルキオールの惨劇』200年/ハルキ・ホラー文庫

2019/07/19

■冒頭集:厭だ

「厭だ」
 同僚の深谷が、突然溜め息と聞き違えるかのような声を発した。喘ぎ声である。視線を向ける。カウンターに突っ伏しているので表情までは窺えない。ただ、肩の線といい項の覗き具合といい、まるで倦怠感の塊のように、ずっしりとしていて重苦しい。
京極夏彦「厭な子供」;『厭な小説』2009年/祥伝社

2019/05/18

■冒頭集:寝覚め

明け方に浅瀬の潮が引いていると、鷗のけたたましい鳴き声で目が覚めるのだった。加減の悪い朝は、自分が屍となって鷗に心臓を啄まれているような、そんな感じに襲われたものだ。(…)
ノーマン・メイラー『タフ・ガイは踊らない』1984(吉田誠一訳/1985年/早川書房)

2019/05/05

■冒頭集:海底

一八八六年は奇妙な事件がおこった年である。それは説明されなかったし、説明をつけることもできないふしぎな事件で、きっと誰でもおぼえているにちがいない。港々の住民をさわがせ、また大陸の奥地の一般人までひどく興奮させた、とりどりのうわさは別としても、特別におどろいたのは海に関係のふかい人たちだった。ヨーロッパやアメリカの貿易業者、船主、船長、漁船長、あらゆる国の海軍士官、それからこれら両大陸の諸国の政府は、この事件を大いに重大視した。
ジュール・ベルヌ『海底二万里』1869:石川湧訳/1956/岩波少年文庫

2019/04/25

■冒頭集:夢山

 甲斐の国に夢山という名の山がある。
 紅葉の紅と松の緑と、影と光と霞と雲と、とりどりの彩が渾然一体となり、山だか夢だか、真に朦朧模糊として、仰ぐ者見る者は、一様に夢夢(くらくら)と彼岸を感得し、分け入る者歩く者は、ただ眩眩(くらくら)とするうちに、生き乍ら隈路(くまじ)に誘(いざな)われたが如き心持ちになる。昼尚昏き闇こそないが、其処此処の現世(うつしよ)と幽世(かくりよ)の境が蕩けていて、故に夢山と呼ぶのである。
(京極夏彦「白蔵主」:『巷説百物語』1995) ※ルビは適宜省略。



2019/04/11

■冒頭集:木曜日

ロンドンのサフロン・パークという郊外は、ロンドンで日が没する方に、夕日の光を受けた雲も同様に赤く、きれぎれになって広がっていた。そこの建物は皆、真っ赤な煉瓦でできていて、建物が空に描く輪郭はおよそ奇妙なものであり、この郊外の平面図も決してまともなものではなかった。ここを設計した土建屋は空想家で、芸術にもいくらか関心を持ち、建物の様式をエリザベス時代風といったり、アン時代ふうといったりして、エリザベスとアンを同じ一人の英国の女王と思っているらしかった。(…)
G・K・チェスタトン『木曜の男』1908(吉田健一訳/1956年/創元社)


2019/03/01

■冒頭集:自分の墓

新しいオカルト映画という触れ込みで封切られた『リーインカーネーション』は、これといったく話題にものぼらず早々に終ってしまったが、中にひとつ、マイケル・サラザン扮する主人公ピーターが、悪夢の中にきまって出てくるジェフという男の墓を訪ね当てる場面がある。このジェフこそが前世の自分なので、輪廻転生を遂げたとも知らぬピーターは計らずも自分の墓を眺め、手まで触れたことになるわけだが、こちらといえば先祖代々の墓とやらは山口市にあって、明治の初年からようやく東京っ子の仲間入りをし、墓参の習慣を持たぬ一族の裔(すえ)のせいであろうか、こうした"過去の自分の墓"をどうにかして探し出したい、一度だけめぐり会いたいという願望は、私にも久しくあった。(…)
中井英夫『墓地 終わりなき死者の旅』(1981年/白水社)


2018/11/23

■冒頭集:アメリカの発見

 ぼくらの周囲であらゆる種類の変化が急速に進展してきている。社会上の、政治上の、文化上の、その他どういうふうに呼んでもいいが、とにかくさまざまな変化が起きている。その変化のエネルギーの中心になっているのがロックン・ロール音楽である。そういう信念のもとに『ローリング・ストーン』誌は発刊された。そして、今もその信念に変りはない。実際のところ、第二次世界大戦以降に育ってきたぼくらの数多くの者にとっては、ロック・アンド・ロールは、ぼくらが一体何であり、この国でどういう位置にあるのかということを初めて革命的に見通す目を与えてくれるものであった。ぼくらは、おとなたちに教えられてきたプラスチック製のアメリカ神話の背後に本当のアメリカ合衆国があるのだということを、あのアイゼンハワー/ウォルト・ディズニー/ドリス・デイという表面の背後に本当のアメリカがあるのだということを、初めて知ったのだった。ファンキーで、荒々しく、深く分裂し、絶望的で、意気揚々としていて、豊かな歴史のある伝統に根ざしており、多様な人種から成る本当のアメリカを発見したのだった。(…)
ジャン・ウェナー「まえがき」:『ローリングストーン・インタビュー集1』(三井徹・菅野彰子訳/草思社/1974年)

2018/10/18

■冒頭集:高橋お伝逮捕の報

「サァサァ皆さんお聞きなさい深い意趣遺恨のあるでもないに只お金を貸さぬばかりの事で男を殺害したる前代未聞無類飛切りともいうべき女の大罪人が出来ました。……」
 大道香具師の呼びこみめくが、これがレッキとした新聞記事である。要点を抽出し、誇張すべき点を誇張していて、キャッチ・フレーズとしての正統派と私は思う。
 右は、高橋お伝捕縛の記事の書きだし。一八七六年(明治九年)九月一二日付の東京新聞の雑報である。
小沢信男『定本犯罪紳士録』(ちくま文庫/1990年)

「いうべき」は当時なら「いふべき」なのでしょうが、そこ(旧仮名・新仮名)にこだわることもない。


2018/10/05

■冒頭集:No Woman No Cry

 ピサの斜塔は完成する前から既に傾き始めていたという。よくみれば塔の上部は辻褄をあわせるように少しずつ角度を変えて、なんとかまっすぐにみせようとしてある。
 建設に際し、多くの思惑が交錯した結果だろうか。それとも、携った誰もがあまりにも何も考えなかったゆえの産物なのか。
 おそらくは後者だろうと睦美は思う。根拠のないのに思うのは、そうであってほしいという期待があるからだ。
長嶋有『泣かない女はいない』(2005年/河出書房新社)

2018/09/12

■冒頭集:葉真中顕

 その部屋には、死の海が広がっていた。

 国分寺駅の南口から、徒歩一〇分足らず。住宅街の一角に建つ、五階建ての単身者向けマンション『ウィルパレス国分寺』。近年流行りの落ち着いたデザインで、外壁には白を基調にダークブラウンをアクセントとしたサイディングが施されている。
 奥貫綾乃が四人の男たちを率いてそのエントランスに到着すると、オートロックのスライドドアが内側から開けられた。
葉真中顕『絶叫』(2014年/文社)

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葉真中顕は、この名で作家デビューする以前、ネット上にエンターテイニングかつ明晰な記事を書いていた頃からのファンです。

『ロスト・ケア』(2013年)は面白く読んだ。続く『絶叫』は最高に面白かった。『ブラック・ドッグ』(2016年6月)は途中そうとうきつかったが、なんとか最後まで読んだ。『コクーン』(2016年10月)は途中で投げ出した。これらは、各作品の出来栄えよりも、私との相性が大きいのだと思う。

今年8月には新刊『凍てつく太陽』が出た。これまで、◯→◎→△→☓、と来ているわけで、「もういい」という選択肢もありますが、やはり買って読もうと思っています。

ラヴ&ピース!


2018/08/18

■冒頭集:桜前線開架宣言

困る。本当に困る。何にって、ぼくが根っからの文学青年だと思われることだ。知っていて当然かのように小説の話などを振られるのは困る。名作といわれている小説なんてろくに読んだことがない。映画も苦手だ。なんで二時間以上もあるんだ。ずっと一カ所に座っているのは嫌だ。漫画ですら長いものは読む気にならない。週刊少年ジャンプを生まれてこの方読んだことがない。みんなみんな、なんでそんなにたくさんの時間やページや言葉数を費やさないと、何かが伝えられないと思っているんだ。
(山田航『桜前線開架宣言」まえがき)

2018/07/01

■冒頭集:両方の眼玉が

「いったい飲食と推理小説と、どんな関係があるのか」--前に、ある女子大の同窓会で、たのまれて講演したことがある。推理小説の話は受けそうもないから、「人類は発生当初、何を食っていたか」てなことを話した。昼食のあとだったから、まだよかったが、話はしぜん悪食の方へむいてゆく。のみ、しらみ、蛆むしまで食う話。エスキモーは馴鹿(となかい)を殺して、胃の中に残っているツンドラの苔(リケン)を食い、ビタミンCを補給する。北極探検のアムンゼンも、ためしに食ってみて、なかなかイケルといった、などと話が進んでくると、いちばん前に坐っていた物がたそうな賢夫人らしい小母さんの、両方の眼玉が、きゅーッとまんなかに寄って来たので、講演者の方があわててしまった。
日影丈吉『味覚幻想 ミステリー文学とガストロノミー』(1974年/牧神社)


2018/06/02

■冒頭集:そのころのナウ

「好きな俳優・岩城滉一。良く行く街・広尾。使っている香水・シャネルNo.19」「好きな俳優・奥田瑛二。良く行く街・代官山。最近観た映画・ストレンジャー・ザン・パラダイス」。
 女性誌のちょっとした読者アンケートを見ると、こんな感じのデータが掲載されている。
泉麻人『ナウのしくみ88』1987年/文藝春秋

30年という時間は、やはり膨大。隔世の感バリバリ。

だが、広尾、代官山は、そうでもない。