2019/04/25

■冒頭集:夢山

 甲斐の国に夢山という名の山がある。
 紅葉の紅と松の緑と、影と光と霞と雲と、とりどりの彩が渾然一体となり、山だか夢だか、真に朦朧模糊として、仰ぐ者見る者は、一様に夢夢(くらくら)と彼岸を感得し、分け入る者歩く者は、ただ眩眩(くらくら)とするうちに、生き乍ら隈路(くまじ)に誘(いざな)われたが如き心持ちになる。昼尚昏き闇こそないが、其処此処の現世(うつしよ)と幽世(かくりよ)の境が蕩けていて、故に夢山と呼ぶのである。
(京極夏彦「白蔵主」:『巷説百物語』1995) ※ルビは適宜省略。



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