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2017/09/30

■地雷の話

佐倉色(さくら・しき)『とある新人漫画家に、本当に起こったコワイ話』(2017年6月9日/飛鳥新社)は、新人漫画家がトンデモない担当編集にぶち当たってしまい、恐ろしくひどい目にあうという実話。業界暴露というよりサイコホラーとしておもしろく読んだ。

登場する担当編集やその上司(編集長)はいかにもいそうで、リアル。マンガという分野、出版という業界に限らず、いわゆる「地雷」被害、この手のサイコホラーな被害と、誰もが無縁ではないということなんだろうと思います。



それはそうと、この本、「字の多いマンガ」と思って読んでいましたが、括りとして、「マンガ形式のエッセイ」らしい。どうでもいいっちゃいいことなんですが、へぇと思いました。

話は飛ぶんですが、福田若之『自生地』。世間では「句集」ということになっているようですが、私の捉え方は「俳句のたくさん入った自伝的青春小説」。


2017/09/06

■昨夜までの枕頭(左)今夜からの枕頭(右)


柳本々々・安福望『きょうごめん行けないんだ』(2017年5月/食パンとペン)は、寝入りばな、半醒半睡状態でも、そうとうなスピード、この本に収められた会話よりも速いスピードで読める稀有な本。なんでだろう? はっきりとした「内容」がないせいかも。

いったいぜんたい、「内容」って何なんでしょうね?(と疑問を呈することでこの本を大いに称揚している)。

2016/11/09

■マンガで読む久生十蘭

久生十蘭をマンガで読ませる河井克夫『久生十蘭漫画集 予言・姦』。予想以上におもしろく読めた。こういうの、アリ、ですね。


で、余談。帯文の「日本の想像力に戦け。」はちょっとハードル上げすぎ。惹句とは、そういうものだけれど、そこまで奇想・意表で読ませる物語でもない。帯文の「適温」というのは難しいものです。

もっとも手に取る人の個人差は大きい。帯文は、あんまりがんばりすぎないかんじが好み。




2016/07/22

■バロン吉元は全人類必読

なぜ無料で読めるんだろうと思いつつ、未読だったので、読んだ。

バロン吉元 17歳シリーズ
http://mavo.takekuma.jp/title.php?title=60

で、やっぱり好きだ、バロン吉元が、と、あらためて。


余談ですが、最近のマンガと比べて、コマ割りや話の進め方がシンプルで読みやすい。感情が入っていきやすい。




2015/03/25

■BLとかそういうことよりも、まず

顔のサイズに圧倒されるのです。

これ→http://fundo.jp/wp-content/uploads/2014/10/fd141015b013.jpg


出典:【画像23選】最近の少女マンガが何だかとても大変なことになっていた

知らないうちに、世の中、すごいことになっているんですね。

2014/09/26

■まがまがしき〈妊娠・出産・誕生〉 きゅういち句集『ほぼむほん』冒頭

茶化してはいけない、あるいはドス黒い心持ちで扱ってはならない不可侵の「聖域」の一つとして、妊娠・出産、人の誕生、ということがあります。この「聖域」度というのはかなり高い。

不思議なことに、セックスはさかんに笑い・嗤いのネタになるのに、その結果ととしてのヒトの誕生という現象を嗤うのは不謹慎とされます。

ところが、そうしたタブーなど知らん顔といった風情も、ないわけではない。

子宮内砂漠に月の満ち行くや  きゅういち

砂漠=不毛を子宮に結びつけるのは、大昔の伝統社会でもタブー。

代理母に白湯を注げば午後のキオスク  同

頬杖に舫う脱法物の母  同

意味はよくわからないが、まがまがしさは強く伝わります。

発注と違う嬰児よ安らかに  同

「発注と違う」まではアイロニー。

で、「安らかに」?

なんか凄いこと言ってませんか、この人。

どう解釈するか、何通りかの解釈の選択肢があると思いますが、不謹慎や黒い冗談くらいでは済まないところにまで足を踏み入れた感があります。



上に掲げた句は、きゅういち句集『ほぼむほん』(2014年9月1日)の冒頭部分。もともとはまとまった10句として川柳誌『ふらすこてん』に発表されたものだという(小池正博による解説)。句集では独立させず、次の句へとページが進んでいく。川柳には「連作」という体裁があまりないと聞いたことがある。この10句は「連作」として提示したほうがよいのではないか、と、読者として思う。「嫁ぐ」ところから始まり、10句の最後は「発注と違う~」の句で終わる。

世間一般では聖域化した〈妊娠・出産・誕生〉を、このようにどす黒く、まがまがしく扱った文芸を、あまり知らない。その点だけとってもユニーク。人によっては不快かもしれない。けれども、〈妊娠・出産〉を世間一般の常識の範囲で、好ましく、ポジティブな感情のうちに扱うばかり(俳句における妊娠・出産・誕生ネタはこの範囲)が文芸ではない。

テーマへと踏み込んだ句群だなあ、と、この『ほぼむほん』の冒頭あたりを読んだときに思ったことでしたよ。 



余録的に。

〈妊娠・出産・誕生〉のポジティブな扱いの一例として、大島弓子『バナナブレッドのプディング』(1977年)のラストにある主人公の独白を挙げておきます。


おかあさん ゆうべ 夢を見ました

まだ生まれてもいない 赤ちゃんが わたしにいうのです
男に生まれた方が 生きやすいか 女に生まれた方が 生きやすいかと
わたしはどっちも同じように 生きやすいということはないと 答えると
おなかにいるだけでも こんなに孤独なのに
生まれてからは どうなるんでしょう
生まれるのがこわい
これ以上 ひとりぼっちはいやだ というのです

わたしはいいました
「まあ生まれてきて ごらんなさい」と
「最高に素晴らしいことが 待っているから」と

朝おきて 考えてみました
いったい わたしが答えた 「最高の素晴らしさ」って なんなのだろう
わたし自身もまだ お目にはかかっていないのに

ほんとうに なんなのでしょう
わたしは 自信たっぷりに 子どもに答えて いたんです


『ほぼむほん』冒頭と大島弓子のこれと、趣がまったく違いますが、別のことを言っているわけではなくて、同じひとつの「生まれること」について、2つのアプローチのようでもあります。

すべての「不思議」や「不可解」は、私(たち)がなぜかこの世界に「生まれてきたこと」から始まっているのですからね。







2014/08/08

■猟奇王 bot が心に滲みる



社会不適応の物語。

しかし、矜持はしっかりと。

背景に小さく描かれた看板の文字にコクがあり、例えば「喫茶ブレインバスター」とか。ただしそのシーンは、当時の単行本をめくっても探し当てられない。 記憶の捏造か、『ガロ』掲載の何かで見たのか。


2012/07/26

手塚マンガ、ベスト5

『日蝕狩り ブリクサ・バーゲルト飛廻双六』の著者、武村知子に『どろろ草紙縁起絵巻』という著書もあることを知り、中古本を入手。ところが、届いてみると、もっぱらアニメを論じた本のようで、ちょっと目当てと違った。テレビアニメ(?)の「どろろ」は知らないなあ。観たことがあるようなないような。

冒頭付近に、数ある手塚治虫マンガのベスワンに「どろろ」を選ぶファンが少なくない、とあり、ちょっと意外なな気がしたが、半面、わかる気もする。

自分はそれほど数を読んでいるわけではないが、思い入れは、ある。ベスト・ワンは?と考えてみて、なかなか決められないが、ベスト5くらいなら、と。

どろろ
W3(ワンダースリー)
アトム大使
鉄腕アトム・海蛇島の巻
鉄腕アトム・赤いネコの巻
(順不同)

アトム関係で3つも入れてしまったが、まあ、いいでしょう。

「どろろ」は、単行本にして4巻程度の中編。100の部位を妖怪から取り戻すまで連載が続いてほしかった。

「W3」は、ベストワンに挙げる人が多いようですね。ラストの泣ける感じ、胸がいっぱいになる感じは、ジュブナイルとしての王道。

「アトム大使」は鉄腕アトムとしてシリーズ化されることになった第一作(もともとは単発の予定?)。むかし『ユリイカ』かどこかで四方田犬彦がラカンの鏡像段階などを援用しつつカッコよく論じていました。アトム・シリーズに一貫して流れる諦観、ペシミズムが、この宇宙人遭遇物語で、すでに。

「鉄腕アトム・海蛇島の巻」は1958年(1953年「アトム赤道を行く」のリメイク)。夏の浜辺、瓶詰の手紙、夜遊びのように夜ごと家をでるアトム、シリーズ中唯一とも言えるアトムの恋情と失恋、アトムの女装(トランヴェスティスム)・しかも衣装交換、等々、見どころだらけ、全編が夏の光に包まれたような物語っす。

5つ目は揺れそうです。別の日ならほかのが入ってくるかもしれません。「鉄腕アトム・赤いネコの巻」は、今で言うエコロジー。武蔵野の森(手塚治虫は関西の人なので、きわめて虚構的な森です)とマッド・サイエンティストの配合は、なかなかのものです。


結局、思い出話のようになってしまいますが、また、何かを読み返す機会があって、別の作品が上位に来るかもしれない。ベストテンまで広がるかもしれない。楽しみにしておきます。


【 補記】手塚治虫関連で、歌仙を巻いたのを思い出しました。

≫四吟歌仙・アトム連句 赤いネコの巻  満尾2003年03月18日
http://www.asahi-net.or.jp/~xl4o-endu/renku6.htm

≫七吟手塚治虫歌仙「淡雪の巻」  満尾:2012年 3月12日
http://8421.teacup.com/namubow3/bbs/144

みなさん、よくやるわ。数奇者がまわりにいっぱいいてくれる私は幸せ者です。

2009/12/14

ゲラゲラ

ウラハイの「俳諧スピーチバルーン・シリーズ」第2弾はマニアックな少女漫画篇。

  ヒロポンを飲んでゲラゲラお正月  長谷川裕

楽しそうだなあ。

仲良し手帖」は読んだ記憶がないが、長谷川町子の描く「大笑い」の顔は、「ゲ」とか「ラ」の字のかたちとよく似ている。

2009/09/15

薄い

「うすい・・・・うすいぞ~~オレの自伝は・・・・家電の説明書に負けるぞ・・・・」
古谷実『わにとかげぎす』第1巻(2006年9月・講談社)p31
家電の説明書より分厚い人なんて、いるのだろうか?

ひょっとしたらいるかもしれないけれど。

2008/09/28

スイッチ

スイッチが入る、という言い方がある。何かを読んでいて、観ていて、聴いていて、ぱちんとスイッチが入るときがある(巷間使われているのとは違う意味かもしれない)。

その瞬間について説明しようと思えば説明できるのだろうが、自分にとてはスイッチが入ったことが重要で、「なぜ」はあまり意味を持たない。

なぜか知らなくてもスイッチは入るし、むしろなぜだかわからないことのほうが、入る。

写真は、黒田硫黄の「大日本天狗党絵詞」第一巻、扉は数えずに6ページ目、コマ数でいえば24コマ目。口から鴉が飛びだしたその瞬間、

はちん、

とスイッチが入り、物語にすぽっとはまって、そのまま。