2018/07/01

■冒頭集:両方の眼玉が

「いったい飲食と推理小説と、どんな関係があるのか」--前に、ある女子大の同窓会で、たのまれて講演したことがある。推理小説の話は受けそうもないから、「人類は発生当初、何を食っていたか」てなことを話した。昼食のあとだったから、まだよかったが、話はしぜん悪食の方へむいてゆく。のみ、しらみ、蛆むしまで食う話。エスキモーは馴鹿(となかい)を殺して、胃の中に残っているツンドラの苔(リケン)を食い、ビタミンCを補給する。北極探検のアムンゼンも、ためしに食ってみて、なかなかイケルといった、などと話が進んでくると、いちばん前に坐っていた物がたそうな賢夫人らしい小母さんの、両方の眼玉が、きゅーッとまんなかに寄って来たので、講演者の方があわててしまった。
日影丈吉『味覚幻想 ミステリー文学とガストロノミー』(1974年/牧神社)


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