2017/12/11

■わかるとか理解するとか解釈するとか、いったんやめてみたらどうですかね?

『ストップ・メイキング・センス』の監督ジョナサン・デミが亡くなったそうです(2017年4月26日・73歳。旧聞に属する)。

この映画、見どころは数限りないのですが(ギター1本とラジカセのドラム音で歌うオープニングアクトから、もう)、Burning Down The Houseを貼っておきます。

2017/12/10

■私の彼はわからない いわゆる難解句の周辺



蛭子能収に『私の彼は意味がない』という名タイトルの著作があることはさておいて、ある種の俳句が「わからない」という話。

ツイッターでちょっとやりとりがあったわけで、誰か togetter にまとめてくれるとありがたいんだけれど、それはそれとして、この件、7月にもちょっと触れたんですよね。

「わからない」というコメントはよく耳にするんですが、なにがわからないのかがわからない場合が多くて、ただ「わからない」とだけ言ってるなら、無視するのがいいと思います。なにがわからないのかがわからないと、話が展開しない。

これって、「わからない」のなかに「どこがおもしろいのかわからない」「どこがいいのかわからない」という低評価の言い換えが含まれているので、ややこしくなる。

それを除外すると、解釈できない、なに言ってるのかわからない、意味がわからない系の「わからない」になるわけですが、これにもいろいろな成分・いろいろな層がある。これを腑分けするのは、すこしは生産的かもしれないです。

ただ、なかには、この単語、知らない、わからない、というのもあって、それには「辞書引けや、ボケ」としか言いようがない。

それも除外すると、いわゆる難解句に対する俳人、一般俳句愛好家の態度としての「わからない」が残る。

俳句は、韻文とか詩とか言われながらも、たぶんに《散文的》に意味を摑もうとすることが多い。句の側も、《散文的》に意味が通った句が多い。圧倒的に多い。「発見」とか「共感」とかといったある種緩くて甘い鍵語で語られる句もそれに含まれます。機知の句も同様。

それらに対して、散文的には意味が通らない。省略や倒置や比喩や、そういうものを考慮しても、意味が通らない。そういう句、たしかにあります(意味が通るのが俳句とも、通らないのが俳句とも、私は思ってない。為念)。

ここで言っておかないといけないのは、わかる句が良いとか悪いとか、わからない句が良いとかってことを言いたいのではないってことです。

私の関心はそこじゃなくて、《わかる・わからない》と《良い・悪い》が読者のなかでどのように関連しているのか、ということです。

(つづく)

2017/12/09

■生プリン、焼きプリン、蒸しプリン。そのなかから蒸しプリンが選ばれたことの重要性

『蒸しプリン会議2017秋冬』をつくっていて、表紙のメンバーの並びと、本文の並びが違っていることは途中で気づいた。

表紙を直せばいい話だけれど、「間違っているほうがいいんじゃないか。あれ?と思ってくれる人がいるほうがいい。気がつかない人は気がつかないけれど、気がついた人にはその《あれ?》あるいは《あ、やっちゃってる》が一種のオマケになるんじゃないか」と思い、そのままにした。

良い子はマネしちゃダメだけど、一般に制作物では間違いを放置しないんだろうけど、《間違い》はサービス、私からあなたへの贈り物だったりもするわけです。


なお、この冊子、ポートレートと6名の作者名とを照合する箇所もない。誰が誰だか、知らない人には皆目わからない。そこから、素敵な間違い・素敵な人違いが起こることも期待している。

ラヴ&ピース!


2017/12/08

■鳥類と人類

『鏡』第26号(2017年12月1日)より。

人類の上を鳥類秋の暮  八田夕刈

大きな景。秋の空気の澄みきった感じ、夕暮の空のひかりにも、よく合う。

この句で思い出したのが、

夕焼や千年後には鳥の国  青本柚紀

俳句甲子園(2013年)の最優秀句。この句、ツイッターで初めて読んだとき、「千年後じゃなくて今でも鳥の国だよな」と思ったのですが(切れてはいても上五に夕焼とあるのでね)、そのあとすぐ、人間はもういないことが含意されているわけで、そこがこの句の眼目、っつうことで納得したわけです。

はじめの句に戻ると、人類が人類になったとき、棲処は地表。「木から降りたサル」だったわけです。鳥とも、樹上のサルとも棲み分けはできていた。そのうち、空も人間の手の届く範囲になっちゃって、そこで、『大日本天狗党絵詞』(黒田硫黄)のような事態となるわけです(空をめぐる鴉とヒトの抗争)。

なにが言いたいのかわからなくなりましたが、つまり、ああ、ここは地球なんだな、ってことです。

ラヴ&ピース!


2017/12/07

■冒頭集:ソフトマシーン

船乗りと介抱ドロやっててあがりは悪くなかった。並みの夜で15、午後に万引きこいて日暮れは操短で自由の国からちょろまかす。けどおれは血管が干上がりだしてた。W.S.バロウズ『ソフトマシーン』1961(山形浩生+曲守彦訳/ペヨトル工房/1989年)