2014/09/06

■「やたら『先生』と呼ぶのは、人を小馬鹿にして生きてるからなんだよ」という説明…

…は、ぜんぶがぜんぶそういうんじゃないとは思ったが、ある程度、腑に落ちたのだった。

誰かをほんとうに尊敬したことがない。誰にもほんとうの敬意を払わない。だから誰にでも『先生』を使えるんだ

なるほど。

俳句世間にも、これは多い。

先生だらけというのは、いたたまれない場所、気持ちの悪い場所であります。

もっとも、ビジネスの部分では、営業的に無難だから、ということで、例えば郵便物の宛名に「先生」を使う〔*〕。「先生」に、それほど重い意味はない。


それにまた、俳句教室で実際に「先生」をしている人も多いからね。

ほんと、そう。この人がいったい俳句の何を教えるんだ?という人まで講師だったりする」とその知人。

んんん、人が俳句を習いたいという場合、いろいろなニーズがあるし、それに、俳句に限らず世の中には「教えたがる人」とそうじゃない人がいる。前者の人たちの「教えたい」ニーズを満たすためのものでもあるのではないかなあ。


って、これは、 俳句世間における「先生」呼称とはまた別のことだった。ごめんよ。


〔*〕以前聞いた話では、あるときある俳人を「様」付けしたところ、激怒。「なぜ先生ではないのだ!」と。以来、俳句総合誌では一律に「先生」となった。というのはたぶんに都市伝説っぽいのですが、いかにもなエピソードではあります。

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