2021/01/23

■ねむたさ

ねむたさの蠟梅に火のともりたる  くらげを

蠟の字を含むこの小さな花に火がともるという連想・幻想は、むべなるかな、なものであって、とくべつな意匠とはいえないが、気持ちよい軽さをもった趣向。それよりも句のアタマ。〈ねむたさのが〉、蠟梅にも、そして蠟の燃える炎にも掛かるように思え(あの花弁、あの蠟燭の炎、睡気を誘いませんか? ねむたがりすぎ?)、一句が、かんじよくまとまっています。

掲句は『連句誌 みしみし』第8号(2021年節分)より。

2021/01/18

■追悼フィル・スペクター

≫承前

フィル・スペクター、16日に亡くなっていたんですね。殺人罪(いちおう潔白を主張していた模様)で収監されていた刑務所で死亡。17日、音楽千夜一夜で「I Can Hear Music」を取り上げたときは知りませんでした。

大好きフィル・スペクターの音のなかで、この曲を。レナード・コーエンをプロデュースしたアルバム「Death Of A Ladies' Man(邦題:ある女たらしの死)」から。レナード・コーエンも2016年に亡くなったんですよね。


この二人が一緒にうつっているの、初めて見ました。かたや三つ揃いにサングラスで業界の大立者ふう。かたやステンカラー(?)のコートに葬式帰りのような白ワイシャツに黒ネクタイ。両方とも、いかにも、あやしくて、悪そうで、にやにやしてしまう。

ラヴ&ピース!

2021/01/17

■I Can Hear Music

よく続いております。【中嶋憲武✕西原天気の音楽千夜一夜】

今週は「I Can Hear Music」のビーチ・ボーイズによるカヴァー。

なお、これ(↓↓↓)も捨てがたい。

2021/01/16

■川で迷う

川ラヴァーとして、ひところほどの頻度と距離ではないにせよ、いまも川を自転車で走っております。多摩川を中心として多摩川水系をあちこちということなのですが、川沿いのサイクリング道を走っていると、いつのまにか当初とは違う川に沿って走っているということが起こります。何度も走りよく知っている川と道ならそうはならないのですが、経路も決めずぶらぶらと、知らない景色・飽きていない景色に促されるように走っているので、こういうことが起きる。川には支流があるという当たり前の事実によって引き起こされる誤認、一種の事件(おおげさ)なわけですが。


このあいだも、ふと気づくと、この道、この川は知らないなあ、と。

表示を見ると、程久保川。はじめてではない気がしますが、あまり経験していない川です。気分が良くて、走れるだけ走りました(川沿いの道がどこまでも続くとは限らない。暗渠になったり、建造物や私有地にぶつかったりで)。

いい川でしたよ、程久保川。

よくわからずに動いていると、愉しいことが起こります。ひょっとしたら、よくわかって動くよりも、ずっと。

ラヴ&ピース!

2021/01/15

■沖からの 『奎』第16号より

鯨来る海より夜明け前の歌  下楠絵里

鯨好きなので鯨の句に目が止まってしまいがち。それはそれとして、「夜明け前の歌」とは? そんなタイトルの歌があるかどうか私には不明ということもあって、具体的な曲名ではなく、夜明け前にふさわしい歌、くらいの意味で、どんな歌だろうと思いだしてみると、これがそうと言い切るのはむずかしく、さあ、例えば、ロバート・ワイアットのあの不定形でぐにゃぐにゃした音と声が、自分にとって夜明け前かあ、などと。

鯨が〈来る〉方向から歌も来るように思え、これは、もう茫漠とした時間であり空気の震えだなあ、と。



掲句は『奎』第16号(2020年12月)より。