2009/11/03

呪術と科学

疑似科学への嫌悪感(拒絶の態度)は人並み以上に強いと自認していますが、池内了『疑似科学入門』(未読です)への人類学者・小田亮さんの批判には深く納得しました。
http://d.hatena.ne.jp/oda-makoto/20091101#1257091870

「科学」を標榜・自称していないもの(占いなど)まで「疑似科学」に含めるのは、おかしかろう。それは「科学者による「疑似科学」カテゴリーの創出」だろうという指摘は、なるほどです。このあたりのこと、人類学的話題とからめて、小田亮さんはこう書きます。
科学者としてのアイデンティティを純粋化するためという理由だけで、「第一種疑似科学」のような科学を装っているわけではないものまで「疑似科学」「ニセ科学」というカテゴリーに入れてしまうのではないでしょうか。そして、自分たちより低位のそのカテゴリーに属するものは自分たちがコントロールすべきだという態度(「未開」に関して言えば、それが植民地主義の態度です)も、このアイデンティティ・ポリティクスで説明できるでしょう。
占いが「科学」とは別に、私たちにとって必要な説明であることも、わかりやすく書かれています。科学的説明とは別に「非科学」的説明というか「科学の外にある」説明も必要なことが往々にしてあるのですね。

予測ということに関して(ここからは私の世間話です)、明日の夜明け時刻を辻占い師に数千円払って訊く人はいない。新聞に出ている。50年後の地球の平均気温を占い師に訊くこともない。関連科学者が研究し、討議すればいいことです。来週の株価を占い師に訊く人はいるかもしれないけれど、有能な相場師には思えない。

でも、金運や結婚運のヒントを、気象庁や経済研究所に求めるわけにはいかない。占い本読んだり、占い師に手相を見てみらったりするわけじゃないですか。

呪術(占いや神託を含む広義の呪術)は、科学の下にあるのではない。科学「以前」でもない。分担が違うのですね。

参考 ≫kikulogで池内了『疑似科学入門』に触れたエントリ
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1211820517
もっぱら科学者からの見方。ざっと見たところ、小田亮さんが示した観点は欠けているようです。なおkikulog自体はたいへんおもしろく、ためになるブログです。



言うまでもないことですが、みずからを科学と言い張る呪術は、タチ悪です。

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