デュシャンの名を口にすることには、ちょっと複雑というか軽い恥ずかしさがある。
若い頃、デュシャンは〈知的にオシャレ〉の最強アイテムだった。世代によるものか、少なくとも時代にはよるものだろう。それは、知的ぶる、オシャレぶる、といった見栄やスタイルや背伸びを、場合によってはたぶんに含むものではあったので、今となれば、恥ずかしいのだ。
けれども、デュシャン自体が、そうした軽薄な文化流行であるわけではない。きっと、何十年・何百年経とうが色褪せない知性でありモード(オシャレ)であるはず。
というわけで、東京国立博物館で開催中の「マルセル・デュシャンと日本美術」へ。
空いてると聞いていたが、実際、空いてた。
展示品は約150点と多い。初期の油彩があるわ、階段を降りる裸体があるわ、大ガラスがあるわ、泉もある、グリーン・ボックスもある、写真も豊富、よくこれだけ並んだなあ、というくらい。
なのに、空いてる。平日とはいえ、かなり空いてる。
空いててうれしいけれど、これも時代なんだろうなあ、と。
で、大ガラスは、想像していた以上に、大きかった。
階段を降りる裸体は、色合いに時代の機微がある(ような気がした)。
グリーンボックスetcに収められたメモ書きの筆跡は、あんがいふつーだった(オーラや唸るほどのスタイリッシュさは感じられない)。
これもあのデュシャンの泉かじかめり 10key(句集『けむり』)
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