2020/09/06

■「さん」付けの蔓延

慣習は変化していくもの。ことばの慣習も変化する。

著名人への言及(その人に呼びかけるのではないという意味)は呼び捨て、というのが長らくの習わしだった。「さん」の有無で、ある種のコンテクスト、すなわち書き手と対象人物との関係やら場面を推し量ることもできたわけで、例えば、「川端康成がそのとき言ったのは」と「川端康成さんがそのとき言ったのは」は、ちょっと違う。他に情報がなくても、後者は書き手が直接耳で聞いたことが、ふんわり伝わる。

書いたものだけでなく、話すときも、「吉永小百合さんが」なんて聞いたりすると、知り合いですか? となった。

ところが、このところ、しだいに「さん」付けが増えていき、なんだか「マナー」のようになってきた感。呼び捨てはマナー違反とでも言うように。

(不思議なことに外国人にはほぼ付かない。ピカソさんとか毛沢東さんとかは見たことがない。ただし、新聞ほか媒体には、スポーツ選手などは引退したら「さん」付けというルールがある)

さて、「さん」に溢れる世界がSNS。SNSはきほん話しことばだから、言及としての呼び捨てには抵抗があるのかもしれないが、それにしても物故にまで「さん」が付いていたりする。

なお、俳句世間も「さん」付けだらけです。

ただし、有名俳人と知り合いという可能性は大いに残るので、物故はともかく、その人にとっては「さん」付けの根拠があるのかもしれない。

ここにも不思議なことがあって、「子規さん」はやたら見るが(もっとくだけて「のぼさん」もある)、「虚子さん」は見たことがない。キャラクター、人物から受ける印象の違いなのか。

で、ひとつ、どうにもこうにも背中がむずむず痒くなる「さん」付けが、これ。

 芭蕉さん


というわけで、ラヴ&ピース!

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