2020/06/05

【句集をつくる】第23回 掉尾の一句 

以前、句集の最初の句について話しました。

こちら≫http://sevendays-a-week.blogspot.com/2016/08/16.html

今回は最後の句について。

一句目ほどではないが、最後もだいじ。とはいえ、これは読者にとって、よりもむしろ、作者/著者がこだわる部分という気がする(編年体だと無頓着な人もいそうですが)。

ちなみに、拙句集『けむり』では、

空に雲ありしは春の名もなき日 10key

ぼぉっとしたかんじ、おとなしく、あかるくめでたいかんじを狙いました。歌仙の36句目(挙句)みたいなかんじ。

さて。

手元にある句集から、拾ってみます。

永き日の椅子ありあまる中にをり  安里琉太

『式日』(2020年2月)。所在なく、〈作者〉にフォーカスして(にをり)終わる。

梟や息の終わりのきれいな詩  田島健一

『ただならぬぽ』(2017年1月)。美しい句にあふれたこの句集のなかでもひときわ美しい句。「詩」で締めた点、句集全体を俯瞰、あるいは自己言及っぽくもあります。

この丘の見ゆる限りの春惜しむ  太田うさぎ

出たばかりの『また明日』(2020年5月)から。開放感+哀感。視界を広げて終わる。映画っぽい。

猫去って曖昧な闇残したり  笠井亞子

『東京雪柳』(2008年4月)。消えて、残る。ふわっと句集を了える。

やわらかいかまきりのうまれたばかり  福田若之

『自生地』(2017年8月)。ビルドゥングスロマン的第一句集のラスト。最初に戻るかんじ。自己言及的でもあります。

デレクおやすみキンミズヒキもルリチシャも  金原まさ子

第3句集『遊戯(ゆげ)の家』(2010年10月)。デレクはデレク・ジャーマン(これ、「ガーデン」の章の最後の句なので)。耽美かつ愛に溢れる掉尾。

手をつなぎながらにはぐれ初夜(そや)の雁  八田木枯

第3句集『あらくれし日月(じつげつ)の鈔』(1995年11月)。艶かしくも哀感。

眠き夢なり月見草まで這ふ夢なり  山田耕司

『大風呂敷』(2010年1月)。ある種古典的芳香をもって、一巻すべて夢であることよ的な締め。


んんん、キリがない。続篇やろうかな。

ラヴ&ピース!

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