小津夜景『フラワーズ・カンフー』(略して『フラカン』)の「いいな」と思うところ、その1。
たのしく好き勝手。
自分がやりたいように好き勝手に、たのしくつくった感じが伝わってくる。
「たのしく」つくるのはわりあい容易。句集をつくる人は誰でもたいてい、たのしくつくる。
ところが、「好き勝手に」つくるのは、意外にむずかしい。
なぜなら、「好き勝手」を邪魔する要素が、そのへんにたくさん転がっているから。
例えば、句集には体裁パターンがある。それに乗っからないのが、「好き勝手」の第一歩なのですが、その一歩が踏み出せない句集はとても多い(その気の有無は別にして)。
あるいは俳句プロパー(俳句エスタブリッシュメント)が読んだらどう思うだろうか、といった懸念、すなわち「評価」に関する心配。こうした凡俗の懸念・心配を振り払って「好き勝手に」つくる。
言い換えれば、なにものにも縛られずに遊ぶ。そこがとても高貴。
句集というのは(なんでもそうかもしれません)、作品が高貴である必要はないけれど、態度は高貴でなくちゃあ、ね。
『フラカン』の良いところ、その2。
ユニーク。
これは貴重。
好みや見識は読者によってさまざま。こういう句はダメ、こういう本はダメという人もいるでしょう(逆もいる)。でも、好き嫌いのその前に、「ほかにあるか、ないか」。これがだいじ。
ユニークな句集は、じつはとても少ない。
例えば、製本所がものすごい乱丁をやらかして、5冊くらいの句集がぐじゃぐじゃに合体して200頁の句集に仕上がっても、違和感なく読めるのではないか、と思うくらい、似通ったところで「俳句をしている」句集が多い。
あるいは、テキスト段階で、何冊かの句集から数十句ずつ抜き出してシャッフルしても、そのまま読めちゃうんじゃないの? というくらい同じようなのノリの句集が多い。
そんななか、「なにはともあれユニーク」という句集は貴重。
『フラカン』の良いところ、その3。
タイトル。
フラワーズ・カンフー、って、これはもう、句集のタイトルとして、抜群でしょう。
ご自分の仕事から「カンフー」。それを冠するに「フラワーズ」。
ところで、タイトル考案に際しては、ある一句に使った語を句集タイトルにするのがほとんど。それをしない場合、句集のもつムードをタイトルに代理させる手があるが、『フラワーズ・カンフー』は、それにもあたらない。
ムードを表すなら、もっとポエティックな語の選択になるはず。〈庭〉とか〈彷徨〉とか〈ここにあらざるもの〉とか〈変容〉などが鍵語・鍵概念になろうか。ところが、そのあたりからみごとに道を逸れて、フラワーズ・カンフー。
カッコいいよ、このタイトル。
(終わり)
と、これで終わったら、内容に触れないことになりますが、いずれ、『週刊俳句』かどこかに書きたいと思っています。
すでにレビューや紹介文がネット上にあります。それを読んで興味をもった人は、買ってみるといいです。価格も2,000円と正常値の範囲内ですし。
≫著者自身によるメニュー紹介と購入アクセス先
http://yakeiozu.blogspot.jp/2016/10/blog-post_23.html
0 件のコメント:
コメントを投稿