2009/06/22

ジェームズ・マーシュ監督「マン・オン・ワイヤー」

1974年8月7日、フランスの若き大道芸人フィリップ・プティが、当時世界一高いビルであったニューヨークのワールド・トレード・センターのツインタワーに鋼鉄のワイヤー(綱)を渡して、 その上を綱渡りで歩いた。(公式ホームページより

例の9.11で倒壊したツインタワーが完成したのは1973年(4月4日に落成式典)。完成してまもなくの高層ビルで企てられた綱渡り(もちろん無許可)。これがフィクションなら、どうということもない凡作を予想しただろうが、実際の話なのだ。あるいは実話に基づいた虚構という手もあるのだろうが、この映画はドキュメンタリーなのだ。

これは観るしかない。と、公開前から決めていた。きっと変人の物語と踏んだからだ。変人をフィクションでなくノンフィクションで観られる機会を逃す手はない。心のどこかで『ゆきゆきて、神軍』(1987年・原一男監督)の存在があったのかもしれない(ぜんぜん違う映画だったけど)。

さて、「マン・オン・ワイヤー」は、当時の映像(動画と写真)、現在のインタビュー(プティ氏ほか関係者)、再現フィルムの3要素から成る。3つの分量バランスも処理も良い。

こういう映画の場合、再現フィルム部分でシラけてしまうケースも多そうだが、「ウィークエンダー」(古い!)みたいな再現じゃなくて、スタイリッシュなモノクロ画面。顔とかがよく見えないアングルや処理も、どうってことないとはいえ、きちんと巧み。

ハイライトは言うまでもなく8月7日当日の綱渡りシーン。これはもう、充分に神々しく、美しく、胸がつまります。でも、なぜ、心が揺さぶられるのか、その理由はよくわかりません。命綱があったら、ちょっと違う反応だったはず。でも、命綱はない。高さ411メートル。

 すごっ!

1974年8月7日の、この絵は、すごっ、のひとことです。

綱渡りされても何の役にも立たないけれど、でも、すごいわけです(ワールド・トレード・センターの宣伝にはなったようだ。プティ氏、事後的に報酬は受け取ったのだろうか。そのあたり不明)。

もうひとつ、この映画の大きな魅力は、フランスの片田舎で進められる準備(実際の映像、よく残していましたねえ。グッジョブ)。アパートの一室みたいなところに幼なじみや恋人が集まり、計画を練る、野っぱらで綱渡りの練習をする。

ちょっとだけ「冒険者たち」(ロベール・アンリコ監督・1967年)を思い出したりするが、こうしたシーンが、めざす現場たるニューヨークと、うまく対照になっていて、映画全体に、宜しき香りをもたらしています。

で、「冒険者たち」と言いましたが、この「マン・オン・ワイヤー」、一種、青春冒険映画なんですね。1974年夏の冒険。

それを30年以上経って振り返る。映画をつくった監督も、映画を観る観客も、プティ君たちが語る30数年前の冒険談を微笑ましく受け止め、そしてラスト近くに、冒険の対価=地上400メートルの綱渡りを得る。この対価は、私たちの予想を大きく上回る「すばらしさ」だったわけで…

 すごっ!

としか声が出ないのです。

星3つ半。


不満をひとつ挙げると、音楽。途中、マイケル・ナイマンほか、とてもいいのだが、クライマックスの綱渡りシーンは、サティの「ジムノペディ」だか「グノシエンヌ」だか(両方かかったような気がする)。個人的にサティをあまり評価しない(言い換えれば、好きじゃない)事情は差し引いても、「ジムノペディ」「グノシエンヌ」では、あまりに陳腐。ここはマイケル・ナイマンでよかったのでは?(あるいは無音)と思う。

余談。上のほうで何かやってて通行人が見上げ、そのうち警察官が集まってくる、というパターンは心躍る型のひとつ。ビートルズのドキュメンタリー映画「レット・イット・ビー』のハイライトも、それだった。ビートルズがあそこで捕まって交番に引っ張られていたら、もっとおもしろい映画になったろうに(惜しい)。

「マン・オン・ワイヤー」は6月13日より全国順次ロードショー。あっしが観たのは20日(土)午後の回の新宿テアトルタイムズスクエア。ガラガラでした。こんなにおもしろいのにね。

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